最新記事

東南アジア

インドネシア、パプアで襲撃テロ事件2人死亡 特別自治法期限を前に

2020年9月19日(土)20時43分
大塚智彦(PanAsiaNews)

さらにこうした一連の治安悪化、不安定化の契機となったのが2019年8月にジャワ島東ジャワ州スラバヤで発生したパプア人大学生への差別発言事案である。非パプア人の根底に無意識に潜在するといわれるパプア人への優越感、差別意識が顕在化した事案は全国のパプア人の強い反発を招き、各地で抗議集会やデモが続発、パプア地方では一部が暴徒化して約30人が死亡する事態にまで発展した。

こうした事態にジョコ・ウィドド大統領は融和策と治安部隊増派による「アメとムチ」で事態の打開を目指したが、襲撃、衝突、掃討という「負の連鎖」による事態の悪化を招来しただけで治安回復、社会の安定復活の道筋はいまだに見えてこない。

2021年の特別自治法見直しに向けて

2001年に制定され、2008年に一部改訂された「パプア特別自治法」によってパプア地方は財政収入が飛躍的に増加し、同時に村落基金を導入したことでパプア地方の地方自治体は予算的に優遇を受けることになった。

しかし、そうした予算が本来の目的以外に流用される事例が各地で相次ぎ、パプア地方に豊かな天然資源やコーヒーなどの生産物に関連する利権争いも顕在化。そうでなくても以前から教育、人間開発、保健衛生などで遅れていたパプア地方での教育や貧富の格差を広げる結果になり、パプア人の不満は「独立ないし高度な特別自治」に向かわざるをえない状況となった。

そうしたパプア人の動向に大きな影響を与えたのがインドネシア軍と警察という治安組織によるパプア人弾圧、人権侵害の後を絶たない事例だった。

2019年の差別発言に伴う治安悪化でパプア地方に増派された約3000人ともいわれる治安部隊は依然として現地に止まり続けて、「独立を掲げる犯罪組織の掃討によりパプア人の安全を確保する」との理由で活動を強化しているのが実情だ。

2021年に終了期限を迎える現行の「パプア特別自治法」の改訂、延長、あるいは破棄に向けた議論も治安悪化とコロナ禍で一向に進んでいない。このためパプア両州の州議会、パプア人民評議会とジョコ・ウィドド政権によるパプア人の意見を反映した一刻も早い協議開始が求められている。

報道などではパプア問題を重視するジョコ・ウィドド大統領自身は「特別法」を改訂して延長する意向とされるが、パプア人の権限拡大につながる改訂には軍や警察が難色を示すのは明らかで、パプア側との交渉以前にジョコ・ウィドド政権内部での調整が必至な状況となっている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


【話題の記事】
・ロシア開発のコロナワクチン「スプートニクV」、ウイルスの有害な変異促す危険性
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・パンデミック後には大規模な騒乱が起こる
・ハチに舌を刺された男性、自分の舌で窒息死


20200922issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

9月22日号(9月15日発売)は「誤解だらけの米中新冷戦」特集。「金持ち」中国との対立はソ連との冷戦とは違う。米中関係史で読み解く新冷戦の本質。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中