最新記事

親権問題

日本人の親による「子供連れ去り」にEU激怒──厳しい対日決議はなぜ起きたか

Japan and Child Abduction

2020年8月5日(水)18時05分
西村カリン(ジャーナリスト)

ILLUSTRATION BY MHJ/ISTOCK

<国際結婚と離婚の増加に伴って、日本の単独親権制度が問題に。子供に会えない悩みで自殺したフランス人男性もいる>

「まだ離婚していないのに、まだ親権を持っているのに、なぜ1年以上前から自分の子供に会えないのか」と、日本に住むあるフランス人男性が言う。2018年、長男の3歳の誕生日に彼が帰宅したら妻と2人の子供がいなくなっており、家はほぼ空っぽだった。「孫は突然連れ去られたが、日本の警察などが助けてくれないのはなぜか」と、男性の親も批判する。

2005年頃から欧米で問題になっているのが、「日本人の親による子供の連れ去り」。国際結婚が破綻した日本人(主に女性)が子供と家を出た後、配偶者を子供に会わせないケースだ。背景には、国際結婚とそれに伴う別居や離婚の増加と、親権制度の違いがある。

日本は先進国で唯一、離婚後に父母の一方にのみ親権を認める単独親権制度を取っている。「連れ去った」親は子供と同居しているため、裁判で親権が認められる可能性が高いと言われる。暴言や家庭内暴力(DV)から守る日本の法律が不十分なこともあり、被害を受けた女性が「逃げるしかない」ことも一つの原因と考えられる。

圧倒的多数で日本を批判

7月上旬、ツイッターやマスコミのウェブサイトにこんな見出しが躍った。「『親の子供連れ去り』禁止を要請 欧州議会が対日決議」

EUの欧州議会本会議は7月8日、日本に対する批判的な決議を採決した。賛成686票、反対1票、棄権8票。この決議で強調されたのは、主に以下の4点だ。

① EU市民の親の許可なしに、日本人配偶者が子供を連れ去る事件が増加している。

② 日本は子供の保護に関する国際ルールを尊重しない。EU加盟国の国籍を持つ子供の権利が保護されていない。

③ 日本の法律では、監護の共有は不可能。

④ 親権を持たない親に対する制限付き訪問権、または面会交流がほぼ認められない。

日本への要求は主に2つ。裁判の判決を必ず執行すること、日本が署名したハーグ条約をきちんと守ることだ。民主主義の国であり重要な経済パートナーの日本に対し、これほど強い批判的な表現を使うEUの決議は極めて珍しい。

決議に対し、茂木敏充外務相は「どのような根拠に基づきそのような主張をしているのか理解しかねる点は多い。国際規約を遵守していないとの指摘は全く当たらない」などと述べた。ただし、連れ去りは「子供にとって生活基盤が急変し、一方の親や親族・友人との交流が断絶される」など、有害な影響がある可能性は外務省も認めている。

こうした状況を解決するため、日本は2014年にハーグ条約の締約国になった。同条約は子供を守る目的で、元の居住国に子供を返すための手続きや、親子の面会交流を実現するための国際協力などについて定めている。双方の間で話し合いがつかない場合には裁判所が、原則として子供を元の居住国に返還することを命ずる。つまり、片親が「自分1人で子供の世話する」と決める権利はなく、子供を連れ去るのは違法だ。

【関連記事】離婚後の共同親権は制度改定だけでは不十分
【関連記事】国際結婚のダークサイド 夫に親権を奪われそうになった日本人妻の告白

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国が対ロ「地下ルート」貿易決済、制裁逃れで苦肉の

ビジネス

米パラマウント、バキッシュCEO退任 部門トップ3

ワールド

中国4月PMI、製造業・非製造業ともに拡大ペース鈍

ビジネス

米金利オプション市場、FRB利上げの可能性上昇を示
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中