最新記事

生物

ヒ素を含む極限環境の塩湖で3種類の性別を持つユニークな線虫が発見される

2019年10月4日(金)17時00分
松岡由希子

「極限環境」で生きる線虫が見つかった Credit: Caltech

<生物の生存には極めて厳しい「極限環境」のモノ湖で、ヒ素に耐性を持つ新たな線虫が発見された......>

米カリフォルニア州シエラネバダ山脈東部に位置する「モノ湖」は、アルカリ性で、海水の約3倍の塩分濃度を持ち、有毒なヒ素を豊富に含む塩湖である。生物の生存には極めて厳しい「極限環境」であるため、これまでに生息が確認されているのは、アルカリミギワバエとブラインシュリンプ(海水エビ)の2種のみであった。しかしこのほど、ヒ素に耐性を持つ新たな線虫(線形動物)がモノ湖で発見された。

3種類の性別があり、子を体内に抱え、ヒトの500倍のヒ素耐性

カリフォルニア工科大学のポール・スタンバーグ教授、明治大学の新屋良治博士らの研究チームは、2019年9月26日、学術雑誌「カレントバイオロジー」において「モノ湖に生息する8種の線虫を発見した」との研究論文を発表した。なかでも、新たに発見された線虫「アウアネマ(Auanema sp.)」は、雌・雄・雌雄同体の3種類の性別があり、カンガルーのように子どもを体内に抱え込み、ヒトの500倍のヒ素耐性を持つというユニークな特性があるという。

研究チームは、モノ湖の湖岸3カ所で採取した土壌サンプルから線虫を分離し、形態観察とDNA塩基配列解析によってそれぞれの種を調べた結果、「アウアネマ」など、これまで発見されていない「未記載種」5種を含めて、8種が確認された。いずれもモノ湖に含まれるヒ素に耐性があり、極限環境で生息できる。

「アウアネマ」の雌雄同体は精子と卵をつくって個体内で自家受精することにより子孫を残すが、雌と雄が子孫を残すためには交配が必要だ。雌と雄は生殖周期の初期に生まれることが多く、雌雄同体がこれに続く。

研究論文の共同著者でカリフォルニア工科大学の博士課程に在籍するジェームス・リー氏は、このような3種類の性別サイクルについて「種の遺伝的多様性を維持する役割を雌と雄が担う一方、雌雄同体はより多くの子孫を新しい環境に拡散させる役割を担っているのではないか」と考察している。

微生物が極限環境を生き抜く術

研究チームでは、「アウアネマ」を実験室で培養して、そのヒ素耐性能を評価した結果、ヒトの約500倍に相当する非常に高いヒ素耐性が確認された。また、モノ湖に生息していない近縁種においても同様に、高いヒ素耐性が認められたという。「アウアネマ」の近縁種はリンが豊富な環境で発見されているため、研究チームでは「元来、リンへの耐性として機能していた仕組みが転用され、構造的に類似しているヒ素にも耐性を付与したのではないか」とみている。

研究論文の共同著者でカリフォルニア工科大学の博士課程に在籍するシ・ペイイン氏は、一連の研究成果をふまえ、「わずか1000個ほどの細胞からなる微生物が極限環境を生き抜く術をどのように身につけてきたのか、我々が学ぶべきことはまだ多く残されている」とコメントしている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

EXCLUSIVE-プーチン大統領、ウクライナ停戦

ビジネス

米耐久財受注、4月は0.7%増 設備投資の回復示唆

ビジネス

米ミシガン大消費者信頼感、5月確報値は5カ月ぶり低

ビジネス

為替変動「いつ何時でも必要な措置」=神田財務官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目の前だ

  • 2

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」...ウクライナのドローンが突っ込む瞬間とみられる劇的映像

  • 3

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決するとき

  • 4

    批判浴びる「女子バスケ界の新星」を激励...ケイトリ…

  • 5

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 6

    テストステロン値が低いと早死にするリスクが高まる─…

  • 7

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 8

    日本を苦しめる「デジタル赤字」...問題解決のために…

  • 9

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 10

    「現代のネロ帝」...モディの圧力でインドのジャーナ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中