最新記事

中国金融

中国がキャッシュレス社会を目指すのは百年早い

China Can’t Afford a Cashless Society

2018年9月12日(水)19時23分
ルイ・チョン

規制当局者や金融アナリストはこうした格差を憂慮しているが、アリババとテンセントは、キャッシュレス化をさらに日常的なものにする決意を固めている。中国企業は、自社製品を社会的に価値のあるものとして売り込むシリコンバレー企業の戦略や表現を真似ているのだ。

地方では、両社ともに資源を投入し、農村におけるモバイルバンキングの市場シェアを獲得しようとしている。ショッピングサイト淘宝網(タオパオ)と組んで収益を伸ばしたアリババは、中国農村部に電子商取引サービスセンターを建設するために、2014年から2019年末にかけて100億人民元を投じる予定だ。一方、テンセントは、出稼ぎ労働者を地方にいる家族に結びつける微信の使い方をアピールして、より多くのモバイル決済ユーザーを取り込もうとしている。

高齢者層も、キャッシュレス化促進キャンペーンの重要な対象だ。高齢ユーザーはモバイル機器の操作の習得に苦労する傾向があるため、アリババは子供たちが親や高齢者にアプリの使用を勧めることを、「親孝行」として奨励している。高齢ユーザーによるアリペイの利用を加速させるための最近の販促キャンペーンでは、モバイル決済の設定解説の導入に、子供が親に宛てた心のこもった手紙をもした真似した紹介文が使われた。

アリババとテンセントは、より多くのユーザーに奉仕する、という高尚な企業理念を打ち出すかもしれない。だが両社にとって、都市部のユーザーが両社のアプリで決済を行っている限り、アクセス格差は大きな問題ではない。

モバイル取引はいまだに大きく成長を続けている。だから低所得層や、テクノロジーにも銀行にも縁のないユーザーが参加しにくくても、両社にとってたいした損失にはならない。

だが中国人民銀行の支店にとっては、そうはいかない。消費支出と人民元の循環が減少すれば、各州の経済統計の数字が悪化し、最終的に国全体の経済の成長に悪影響を及ぼす。

中国企業のニーズと政府目標が衝突するときには、政府は勝つ傾向がある。それでも、キャッシュレス決済サービス企業は、投資とテクノロジーの魅力に突き動かされて、大儲けのチャンスをつかもうと努力し続けるだろう。

中国の個人、企業、地域はどうすれば、何もかもがキャッシュレスになる社会の到来に適応できるのか。それは、急成長する不平等なデジタル経済における生き残りを左右するだろう。

中国が国民に参加の機会を広げないままキャッシュレス化を進めれば、最終的には国内の経済的な不平等をさらに悪化させる可能性がある。そして大企業が繁栄する一方で、農村地域の人々は不満をいだいたまま置き去りにされるかもしれない。

From Foreign Policy Magazine

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米のウクライナ支援債発行、国際法に整合的であるべき

ワールド

中ロ声明「核汚染水」との言及、事実に反し大変遺憾=

ビジネス

年内のEV購入検討する米消費者、前年から減少=調査

ワールド

イスラエル、ラファに追加部隊投入 「ハマス消耗」と
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中