最新記事

公害

NYは毒入りリンゴ? 子ども5400人が鉛中毒に

2017年11月23日(木)13時00分

9月、ブルックリン地区の公共スペースの土壌を検査するフランチスカ・ランデスさん(中央)ら(2017年 ロイター/Michael Pell)

公衆衛生関係者の間では、ニューヨーク市は長年に及ぶ鉛中毒との戦いで、よく知られている。鉛は神経障害などを引き起こす可能性がある有害物質だ。

全米で禁止される18年も前の1960年に、同市は住宅における鉛含有塗料の使用を禁止。2004年の市条例では、6年以内に子どもの鉛中毒を「撲滅」するとの目標を掲げた。

また、一般住宅を対象とした鉛検査を無料で実施。危険箇所を改修し、必要とあれば大家を摘発する方針を打ち出している。ニューヨーク市で鉛害にさらされる子どもの割合は、年を追って減少してきた。

しかし、バーバラ・エリスさんが住んでいたブルックリンのアパートでは、娘2人の血中鉛濃度が3年連続で高い数値を示すまで、検査担当者が訪問することはなかった。

このアパートでは、ドアや窓枠のはげかけたペンキから鉛が見つかった。双子の娘たちは発育が遅れ、言語訓練や作業療法を必要とした。発育の遅れは、鉛中毒の子どもによくみられる症状だ。

「娘たちは今でも、言葉が少し不明瞭だ」と、地下鉄運転手のエリスさんは言う。娘のケイトリンちゃんとチェスティちゃんは、6歳になった。大家ともめるのに疲れたエリスさん一家は、ハーレムに新しい住居を見つけて移り住んだ。

この一家が経験した苦難は、珍しいことではない。

ロイターが精査した血液検査データによれば、米国の裕福な大都市には、いまだ高い鉛中毒リスクにさらされた地域が数多くある。

この種の検証としては初となる今回の調査では、ニューヨーク在住の子どもを対象として、地区ごとに細分化された血液検査データをロイターが入手した。各地区の住民は4000人程度で、人口密度の高いニューヨークでは、地区は数ブロックに相当する場合が多い。

多くの地区で鉛中毒は根絶しているが、ロイターは2005年から2015年の11年間に検査を受けた5歳以下の子どもの10%以上から高濃度の鉛が検出された、ニューヨークの69地区を特定した。

米ミシガン州フリントで2014年から15年にかけて水道水の鉛汚染が大きな問題となり、2016年には当時のオバマ大統領が非常事態が宣言される事態となったが、その危機の最中に米疾病予防センター(CDC)の検査で鉛害が検出された子どもの割合は5%だった。

今回の数字はその2倍だ。

危険地区はニューヨーク中に散らばり、さまざまな人種に及んでいる。古いペンキをはがすことは、危険な行為として知られているが、汚染された土壌や水、おもちゃ、化粧品、サプリメント類など、日常の中にも危険が潜んでいることが、ロイターの調べで明らかになった。

鉛中毒に関するニューヨーク市の最新報告書では、2015年に血液検査を受けた子ども5400人から、高濃度とみなされる1デシリットル当たり5マイクログラムかそれ以上の鉛が検出された。800人以上からは、少なくともその2倍の検出があった。

ロイターは、これまで公表されていなかったデータを精査し、市による「根絶」目標が達成されていない地区を詳細に検証した。

「ニューヨークの鉛対策は有名だ。それでもまだこうした地区が残っていること自体、全米規模での取り組みがいかに困難かを物語っている」と、シカゴの鉛中毒予防対策を主導したパトリック・マクロイ氏は語る。

今回のロイターによる検証で明らかになったのは、以下の6点だ。

●ニューヨークのデブラシオ市長が、市議会議員時代に共同提案した2004年の住宅に関する市条例は、法律違反常習者の大家を標的にしている。しかし、条文では大家に鉛を含む危険箇所を見つけて修理するよう義務付けているが、市はその実施状況を監視しておらず、子どもに中毒の症状が出るまで行動しないことがある。

●子どもの血中鉛濃度が最も高かった地区はブルックリンにある。石造りの歴史的な建物が多く、不動産価値も急上昇しているが、建築工事やリノベーション作業によって鉛成分が拡散する恐れがある。高濃度の鉛が検出された子どもの割合がミシガン州フリントの3倍と最も高かったのは、超正統派のユダヤ教徒が多く住む地区で、子どもの割合が市内で最も多い地域でもある。

●マンハッタンのアッパーウエストサイドにあるリバーサイド公園近くの高級住宅街では、高濃度の鉛が検出された子どもの割合は、フリントと同程度だった。

●子供向けのアクセサリーなど危険な鉛含有製品が市内で市販されていた。子ども向け目元用化粧品の1つからは、米国安全基準の4700倍の鉛が検出された。この商品には「鉛成分ゼロ」と記されていた。

●大手オンライン通販サイトのアマゾンやイーベイで、ニューヨーク市の鉛規制に抵触する複数の商品をロイターは購入した。その後、当該商品はサイトから撤去された。

●ブルックリンで行われた民家の裏庭や公園の土壌検査では、土壌清浄化連邦プログラムの対象になった汚染地区に匹敵する濃度の鉛が検出された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中