最新記事

ミャンマー

ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(後編)

2017年9月21日(木)12時00分
前川祐補(本誌編集部)

国外で発見され続けるロヒンギャの遺体(マレーシア) Olivia Harris-REUTERS

<「ミャンマー政府は全土からロヒンギャを追放しようとしている」――祖国を追われたロヒンギャたちの孤独な闘いが続く>本誌2017年3月28日号掲載の特集記事より転載)

前編はこちら

「無国籍難民」がハードルに

少数民族の反乱の怖さを知るミャンマー政府は、ラカイン州全土が反政府になることを恐れている。ロヒンギャがラカイン族にとって脅威だとあおり対立構造をつくり出し、彼らにロヒンギャを襲わせている。アブールカラム(日本在住のロヒンギャ難民)によれば、ラカイン州でロヒンギャを虐殺する者の多くは恐怖心を植え付けられたラカイン族で、大半が仏教徒だ。

「ロヒンギャを悪玉に仕立て上げるというのは言い得て妙だ」と、ミャンマーに詳しいジャーナリストの田辺寿夫は言う。「中央政府は、ラカイン族やラカイン州に住む仏教徒に対して決まってこう言って脅威をあおる。『ロヒンギャはムスリムだ。一夫多妻だ。放っておけば、どんどん増えてラカイン州はロヒンギャに占有されるぞ』と」

ラカイン族の目をそらせたい目的がもう1つあると、アブールカラムは言う。経済利権だ。

ミャンマー内陸部には巨大な天然ガス田があり、国内経済にとって重要な資源だ。輸出のために港まで運ぶパイプラインは、ラカイン州を横切る必要がある。ラカイン族は当然、その恩恵にあずかろうとするが、分け前を与えたくないミャンマー政府はロヒンギャとの衝突に集中させることで、その話題に触れさせない。軍の息がかかったラカイン州の政治家が全てを取り仕切っているという。

ラカイン族の反ロヒンギャ感情をあおることで彼らの反政府活動を抑え込み、かつ地域の経済利権を手中に収め、自らの手を血で染めることなくロヒンギャを始末できる――。ミャンマー政府にとって一石三鳥とも言える浄化戦略だ。

政府や軍の迫害に耐え切れなくなったロヒンギャは、不本意ながら祖国を脱出するしかない。そうなれば、救いは国際社会や各国の難民対策だ。ただ、ロヒンギャはその存在の特異性ゆえ対策が容易でない。結果として、国際社会の反応も鈍い。

「無国籍難民という存在は非常にユニークだ」と、かつてバングラデシュやミャンマーで難民支援に携わった国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のダーク・ヘベカー駐日代表は言う。

「無国籍の人は世界に約1000万人いる。そして、世界の難民は約2100万人。ただ、無国籍かつ難民という存在は非常に特殊で、多くの事例を知らない」と言う。「恐らくロヒンギャはその2つの問題を抱える最大規模の人々だ」

ヘベカーによれば、難民というだけであれば理論的には帰国した際に自国民と同じ権利が与えられる。だが無国籍難民にはその保障がない。「スリランカやタイ、ソ連解体後の旧連邦国家でも無国籍の問題があり、UNHCRはそうした政府に対する専門的な支援を行った実績がある」と言う。

「ミャンマーでもこの経験が役に立つと思うが、その前に必要なのはミャンマー政府の政治的決断だ」。その決断とはロヒンギャを自国民として受け入れるということだが、今のミャンマーにその意思はみじんも見られない。

政府に今も影響力を残す軍と多数派の仏教徒に配慮せざるを得ないスーチーは、昨年10月から続く軍の掃討作戦が「虐殺ではない」と繰り返し、「ミャンマーに対する批判は公平を欠く」と、逆に国際社会を非難している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、中国へのガス供給拡大へ 新パイプライン建設

ワールド

森山自民幹事長が辞意、参院選敗北で 総裁選前倒し判

ビジネス

サントリーの新浪会長辞任 サプリ購入を警察が捜査、

ワールド

インドネシア警察、大学キャンパス付近で催涙ガス 国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 2
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあるがなくさないでほしい
  • 3
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シャロン・ストーンの過激衣装にネット衝撃
  • 4
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世…
  • 5
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 6
    BAT新型加熱式たばこ「glo Hilo」シリーズ全国展開へ…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中