最新記事

中国社会

一般市民まで脅し合う、不信に満ちた中国の脅迫社会

2017年2月18日(土)10時15分
ジェームズ・パーマー

しかも、この不信に満ちた社会で情報を盗もうとしているのは諜報機関だけではない。中国では政府の役人(その他の権力者も含む)がライバルに関する不名誉な情報を集め、互いを攻撃するのに使っている。

こうした行為は政治以外の世界にも浸透している。恋愛関係でも、かつての恋人が過去の情報を悪意を持って使うことがあるようだ。私も中国に来て1年目に、当時交際していた女性が「元彼」にメールをハッキングされ、私からのメールが全て盗まれたことがある。

だが権力闘争に利用される情報の大半は、性的なものではなく政治や経済に関するものだ。例えば重慶市共産党委員会の書記だった薄煕来(ボー・シーライ)が12年に失脚してすぐのこと。ある高名な教授が過去にさまざまなメディアで薄を絶賛した発言の数々を記した文書が、彼の同僚や上司全員の間に出回ったことがあった。

任務遂行の失敗や銀行の隠し口座、大金を持ち逃げした仕事仲間――中国では、これら全てがセックステープよりもずっと効果的に、脅しやキャリアつぶしの材料になる。11年には北京の役人が部下に愛人を殺害させる事件があったが、この時の動機は、愛人が彼との肉体関係ではなく、彼の汚職を暴露すると脅したことだった。

【参考記事】「くだらない」中国版紅白を必死に見る人たち

規律の欠如が何より問題

かつてはインターネットから、エリート層の脅迫材料が漏れることも多かった。重慶市の元共産党幹部、雷政富(レイ・チョンフー)の例がそうで、12年に彼と18歳の少女を撮影したセックステープが汚職監視サイトにアップロードされる騒動があった。それが近年では、ネットの監視が大幅に強化されたことで、こうした機会も減るかに見えた。

だが習近平(シー・チンピン)国家主席が腐敗撲滅運動を始めたことで状況は一変。狙った相手を失脚させるのに写真やビデオを証拠として使う新たなチャンスが生み出された。「みんな、毎週金曜日の夜に行っていたさまざまな場所で目撃されるのを恐れている」と、ある当局者の娘は言う。

それは、性にまつわる倫理面での規定が厳しいからではない。一晩1000ドルのコールガールと一緒にいるところや、シャンパンとコカインだらけのナイトクラブにいるところを撮られれば、「党の指導に従うことができない」と見なされるからだ。倫理ではなく、規律がないと見なされるほうが、ずっと深刻な問題なのだ。

こうした考え方は新しいものではない。現代中国の男性にとって「家の外」でのセックスにおいて重要なのは常に「自制」ができるかどうかだ。男に愛人がいるのは普通で健全で、時にはほぼ義務に近い行動と見なされてきた。危険なのは、自分または相手の行動をコントロールできなくなることだ。

私の知人で国有企業の要職にあった人物も、それが失脚の原因になった。彼の妻がオフィスに乗り込み、夫の「愛人の淫乱女」がここで働いているのを知っていると2時間にわたって怒鳴り続けたのだ。問題は彼に愛人がいたことではなく、彼が状況をコントロールできないという事実だった。

もっとも、こうしたルールは私たちの暮らす世界にも適用できそうだ。

実在するとされるトランプの「放尿テープ」の中身が、単に彼がモスクワでブロンド美女たちと戯れている映像だけならば、それだけで彼を脅すのに十分な「弱み」になるとは思えない。むしろそのテープは、彼の支持者たちが「美徳」とみるトランプの「男らしさ」を裏付けるものになりかねない。

しかし「放尿」が含まれているとすれば、それが噂として流れるだけでも問題になる。それはトランプの倫理性ではなく、「男らしさ」そのものに疑問を投げ付けるからだ。そんな弱みなら、ロシア人ばかりか中国人でも握りたいと思うだろう。

From Foreign Policy Magazine

[2017年2月14日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中