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リオ五輪閉会式

リオ五輪閉会式「引き継ぎ式」への疑問

2016年9月30日(金)16時40分
小崎哲哉

「類似」が起こった理由

 今回のケースが起こった理由として考えられるのは、以下の4つだろう。

1:引き継ぎ式のスタッフは『バベル』を知らず、アイディアは偶然の一致だった。
2:引き継ぎ式のスタッフは『バベル』を知っていて、リスペクト、オマージュとして「流用(アプロプリエーション)」した。
3:引き継ぎ式のスタッフは『バベル』を知っていて、同じアイディアを用いるのはまずいかもしれないが、露見しないと考えて「盗用」した。
4:引き継ぎ式のスタッフは『バベル』を知っていたが、同じアイディアを用いてもかまわないと判断した。

 1は、ジャレ氏が書いているとおり、非常に考えにくい。『バベル』は2014年8月の札幌公演の後、東京でも上演されている。世界的彫刻家のゴームリー氏はもとより、2人の振付家の仕事も、クリエイティブ産業に従事する者なら知らない者はないはずだ。引き継ぎ式の制作スタッフには、『バベル』のクリエイターの直接の知己もいると聞く。

 2はありうる。とはいえ「リスペクト」はそもそも「振り返る」という意味であり、それが転じて「高く評価する」「尊重する」という意味に変わった言葉だ。「オマージュ」は、かつては封建君主への忠誠を誓う儀式や行為を指した。アプロプリエーションは既存の表象システムから取り出したイメージを新たな文脈に組み込む行為である。いずれも、オリジナルは「権威あるもの」「質が高いもの」「広く知られているもの」であり、その逆はありえない。アプロプリエーションにはオリジナル批判を目的とするものもあるが、前提となる強弱、高低、有名無名という対比は変わらない。文学やマンガにおける2次創作を考えればわかるだろう。

 今回のケースはどうか。作品の質は明らかに『バベル』が高い。だが、知名度(というより普及度)の点では、シェルカウイ氏が「巨大マスメディアイベント」と呼ぶオリンピックに敵うわけはない。制作費も、引き継ぎ式のほうが桁違いに大きいだろう。何よりも、パフォーマンスが行われた際にも、その後にも、「『バベル』に影響を受けた」というようなコメントは出されていない。つまり、引き継ぎ式の光るフレームを用いたパフォーマンスが『バベル』へのオマージュやアプロプリエーションだとはとても言えない。

 3はありうるが、現実的には考えにくい。現に、こうして露見している。ただし、『クローズアップ現代』ではMIKIKO氏が自らのアイディアだと明言している。氏がフレームを「考え出した」というのはNHKによるナレーションだが、氏はそれを否定せず「(自身の、あるいは制作チームの)知恵」だと語っている。氏が『バベル』を知らなかった(観ていなかった)ことはありえなくはないだろうが、制作チームの同僚が知らなかったということは、1に書いた通りおよそ考えられない。「こういう先行作品がある」と誰かが言えば済んだ話だろうが、その指摘が何らかの事情でなされなかった可能性はある。

 4もありうる。倫理的にはともかく、法的には問題ないという判断だろう。広告などのビジュアル表現にどこかで見たことがあるようなものがときどきあるが、ほとんどがこのケースではないか。

 僕には法的なことはわからないが、ものづくりに携わる人であれば、3は言うに及ばず、4もやってはいけないことだと思う。新国立競技場問題やエンブレム問題が起こったにも関わらず、五輪組織委員会の(そしてNHKの)チェック機能は働かなかった。それはそれで大きな問題だが、それよりもやはり作り手自身の倫理を問いたい。具体の創始者である吉原治良は「人の真似をするな。これまでにないものをつくれ」とメンバーを鼓舞した。それが表現者の矜持ではないのか。

 当事者がこれからどう答えようと、あるいは答えまいと、法的にOKだろうとNGだろうと、これは実に情けない事件だと僕は考える。きちんと頭を下げて謝り、あらためて『バベル』のチームに東京五輪開会式の演出を依頼するか、コラボレーションを請うたらどうだろうか。引き受けてくれるかどうかはわからないが、『バベル』の再演は、直近ではこの10月末にリンカーン・センターで行われる。引き継ぎ式の制作チームに未見の者がいるなら、JOCや五輪組織委員会の面々と一緒に、まずはニューヨークまで観に行くことをおすすめしたい。


※当記事は「REALKYOTO 小崎哲哉ブログ」からの転載です。

・小崎哲哉さんの連載コラム「現代アートのプレイヤーたち」
 最新記事:アーティスツ(1):会田誠の不安、村上隆の絶望

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