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レイシズム2.0としての「アイデンティタリアニズム」

2016年9月12日(月)18時05分
八田真行(駿河台大学経済経営学部専任講師、GLOCOM客員研究員)

アイデンティタリアニズムは、人種を問題にしているわけではない

(狭い意味での)レイシズムは、レイス、すなわち人種に基づく差別だった。例えばアメリカでは、黒人種や黄色人種といった白人種以外の人種を劣等人種と見なして差別したし、ナチス・ドイツはユダヤ人を、ユダヤ人という人種であるがゆえに虐殺した。

 しかし、アイデンティタリアニズムは、一義的には人種を問題にしているわけではない。例えばアメリカでなら、黒人やユダヤ人、あるいは日本人が、西洋的な価値観を受け入れて西洋風に暮らせばそれでよい、ということになる(なお、アメリカにおいて、というか多くの先進国において信教の自由は絶対なので、別にキリスト教への改宗を求めているわけではない)。西洋的価値観といっても別に大した話ではなく、良き隣人として仲良く暮らしてください、という程度の意味だ。

 一方で、なかなか移住先に同化しない移民はもちろん、例えば人種的には白人であっても、イスラム国に洗脳されてアメリカに帰国後テロをやるような手合いは、価値観を共有していないので差別の対象となるわけだ。これが、アイデンティタリアンが自分たちはレイシストではないと主張する根拠である。レイスではない、問題はアイデンティティなのだ、と。

 とはいっても、世の中には価値観が合わない、アイデンティティが異なる集団が多くある。昔なら、あるいは白人/西洋至上主義の立場に立つなら、そういう集団は劣っているのだから征服して教化しようとでもいう話になったのだろうが、さすがに現代に生きるアイデンティタリアンはそこまでは言えない。彼らが主張するのは、棲み分け(enclave)である。同じアイデンティティを持つ集団は、わざわざ他と混ざらずに、それぞれが元々住む地域で棲み分ければよいではないか、という話だ。これは、単純な移民排斥の論理ではない。自分の価値観、例えば宗教的規範に固執したいなら自分の国(あるいは地域)にいろ、勝手にしろ、こっちへ来るな、さもなくば歓迎しますよ、ということなのだ。

 なお、スペンサーは白人至上主義者とされることが多いのだが、彼自身はそうではないと主張していて、上記のような理解に立つなら、彼の言い分にも一理あると言える。ちなみに、先日スペンサーは(観光で)来日していたらしく、「ヒラリー・クリントンが演説でalt-rightに言及してくれたのはありがたい」「日本は国民国家なので多様性の問題が無く平和で素晴らしい」などと余裕綽々に語っていた。

 このようなアイデンティタリアニズムが支持を得る背景には、例えばアメリカにおいては移民が増えて、白人とその文化がマイノリティになり、社会が荒廃しつつあるという現状認識がある(これが正当かは議論の余地があるが)。マイケル・アニッシモフという人がいるが、彼はアイダホ・プロジェクト(Idaho Project)という小冊子を書いた。

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Idaho Project (English Edition)

 これは、ごく簡単にまとめれば、アイダホ州は元々白人が圧倒的多数なので(というか、そもそもあまり人間が住んでいないので)、ここに白人みんなが移住して固まって暮らそうという主張である。間抜けな話に聞こえると思う(し、まあ間抜けな話であることは間違いない)が、私はこの主張は図らずも重要な論点を浮き彫りにしていると思う。それは、多様性を同質性よりも優先すべきなのか、という問いである。リベラルは多文化主義や国際主義を無前提に善と思いがちだし、それに異議を唱える人に対してレイシストや旧弊のレッテルを貼るのに躊躇しない。

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