最新記事

中国社会

「農村=貧困」では本当の中国を理解できない

2016年2月19日(金)11時00分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

土地成金にEC成金......農村のもう一つの顔

 中国農村といえば残酷物語ばかりが報じられているわけだが、中国は広い。一言に農村といってもその内実はきわめて多様だ。そこでここでは、ステレオタイプに反したエピソードも紹介したい。

【参考記事】知られざる「一人っ子政策」残酷物語

 最近、話題なのは外車を乗り回す成金農民の皆さんだ。以前は政府による土地収用といえば二束三文で放り出されるというケースが多く、激烈な反発を招いてきた。近年ではそれなりの補償金が支払われることが多く、とりわけ大都市近辺では土地成金が大量に出現している。

 中国には「城中村」という言葉があるが、これは拡大した都市によって飲み込まれた農村を意味する。行政区分的には農村だが、実際には都市の一角にあるために土地収用される場合でも補償金が高く、また住宅地や工業用地として貸し出しても十分な収入が得られる。かくして突然、大量のお金が手に入ったために自己管理できず、ギャンブルにのめりこんだたりアルコール中毒になってしまった......という話が珍しくない。

 また、商売で成功している農村もある。私が習った日本の社会科の教科書には「郷鎮企業」という言葉が載っていた。人民公社解体後に登場した、農民たちの集団所有の企業だ。失敗した企業も多いが、いまだに生き残っている企業もある。江蘇省無錫市の華西村がその代表格で、超高層ビルを建てたり純金の雄牛像を作ってみたりとすさまじい景気のよさだ。

 郷鎮企業の21世紀版が「タオバオ村」だろう。中国EC最大手アリババが運営するネットショッピングモール「タオバオ」で特産品を売ることに特化した村を指す。すでに200以上の農村がタオバオ村として認定されている。農作物を売るケースもあれば、家具や靴、お菓子などに特化した村などさまざまだが、中国政府も農村振興の切り札として奨励し、ネットインフラの整備をはじめさまざまな支援策を打ち出している。

 そこまで景気のいい話ではなくとも、そこそこの暮らしができている農村は少なくない。その象徴が「懶田」(怠け農業)だ。農業ではたいして稼げないこともあるが、必死に農作業をするより、適当に働いても国家の補助金があればそこそこ暮らせるじゃないかという考え方が広がり、社会問題となっている。

 習近平政権では生産性向上を課題に掲げているが、その主要分野の一つが農業。農民たちにいかにやる気を出してもらうかが課題となっている。とはいえ、一度与えた補助金を剥奪すれば大騒ぎになるのは間違いないだけに、対策も難しい。農地を集約して大農家や企業による農業経営を企画しているが、土地の平等な分配という社会主義の根幹にかかわる問題だけに、抜本的な改革が打ち出せないでいる状況だ。

 誤解しないでいただきたいのだが、中国ではいまだに貧困にあえぐ農村も多い。だが、「農村=貧困」というイメージでは片付けられない多様な姿が存在することも事実だ。中国政府にとって農村・農業・農民という三農問題は最重要課題の一つだが、これほどまでの多様性がある以上、解決策は一筋縄には行かない。それぞれの地域と状況にあわせた解決策を見出す必要がある。巨大国家が内包する多様性、それこそが中国の面白さであり難しさであると言えるのではないか。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アンソロピック企業価値1830億ドル、直近の資金調

ビジネス

米財務長官、次期FRB議長候補の面接を5日開始=W

ワールド

米政府、TSMCの中国向け製造装置輸出巡る特別措置

ビジネス

米国株式市場=下落、ダウ249ドル安 トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中