最新記事

中台関係

台湾・蔡英文氏訪日と親中・親日をめぐる闘い

2015年10月9日(金)20時20分
遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)

 このままでは総統選で負けるかもしれないと焦っているところに、さらに追い打ちをかける形で洪秀柱氏(67歳、女性。立法院副院長)が、タブーとされていた「統一問題」に言及し始めた。

 洪秀柱氏は、「中華民国の憲法から言っても、台湾は最終的には(大陸と)統一しなければならない」「ただし、統一されるのではなく、われわれが統一するのだ」「台湾は大陸と政治的な対話によって活路を見い出さなければならない」などと発言。

 親中に傾き人気をなくしていた国民党の次期総統候補として、蔡英文氏の明確な「親日路線」に危機感を募らせた発言と推測されている。 しかし「統一路線」を突出させながら、かつ「統一されるのではなく、統一するのだ」という論理を展開させる戦術は、親中派からも嫌中派からも嫌われ、民意から離れていくと、馬英九総統は焦った。

 なぜなら、来年1月の総統選では、立法院(日本の国会に相当)の議員(113名)選挙も同時に行われるからだ。万一にも総統選だけでなく、立法院においても国民党が負ければ、国民党は解散あるいは分裂という、「消滅」への道を歩むことになる。

 そこで、10月7日、国民党は中央常務委員会を開催し、国民党の次期総統候補として洪秀柱氏を立てないことを緊急に決定。代わりに立候補を固辞していた国民党の朱立倫主席に立候補するよう、求めている。

国民党存亡の岐路

 ここに来ての立候補者のすげ替え。

 国民党の存亡にかかわる岐路が待ち構えている。

 それは、中国が「もし台独を主張したら、2005年の反国家分裂法により、台湾への武力攻撃もあり得る」として中国の軍事力の強さをアピールしたことと、日本が安保法案を通したことと無関係ではない。

 蔡英文氏は今年5月に訪米し、両岸(大陸と台湾)関係の基礎を「現状維持」に置くという趣旨の発言をしているが、しかしこのたびの訪日は、大陸がいうところの「現状維持という言葉で台独を覆い隠し、民間交流の衣を着て、実際は政治活動を行なっている」ことを露呈しているようにも見える。

 台湾国民に人気の高い蔡英文女士は、はじめからあまり人気のない洪秀柱女士よりも、どうやら役者が上手(うわて)のようだ。

 2人の女性の闘いと初の女性総統の出現は、それなりに興味があったが、国民党のこの混乱を見ていると、いかに「親中一辺倒だった国民党」が劣勢に立たされているかを見せつけている。

 それは日本敗戦後の中国における国共内戦(国民党と共産党の内戦)で敗北した国民党の落日を思わせ、同時に党綱領に「台湾はすでに独立している」と記した上で「現状維持」を唱える民進党と、台湾本土意識を強める若者たちの曙(あけぼの)を示唆しているのかもしれない。

[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数

※当記事はYahoo!ニュース個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独消費者信頼感指数、5月は3カ月連続改善 所得見通

ワールド

バイデン大統領、マイクロンへの補助金発表へ 最大6

ワールド

米国務長官、上海市トップと会談 「公平な競争の場を

ビジネス

英バークレイズ、第1四半期は12%減益 トレーディ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中