最新記事

領土問題

中国「海警局」の発足で尖閣周辺は波高し

海洋監視部隊の指揮系統が一元化されれば「領土」防衛の活動は一段と活発化する

2013年8月22日(木)17時53分
ジェームズ・ホームズ(米海軍大学教授)

尖閣諸島周辺に出没する中国の監視線は増える一方? Reuters

 沿岸警備隊の中国版「中国海警局」が7月22日に正式発足し、大歓声に送られて意気揚々と海上警備の任務に就いた。

 この時期に合わせて北京で開かれた海洋安全に関する国際会議で、元米国務省高官のスーザン・シャークは今まで4つに分かれていた海上警備組織の統合を「前向きな展開」と評価し、「近隣諸国にもアメリカにも好ましい」と述べた。なぜなら今後は「責任の在りかが分かり、責任を問うべき相手も分かる」からだという。

 シャークはまた、新組織がアメリカの沿岸警備隊や日本の海上保安庁と同様に「国際法を尊重するプロ精神を育て」、さらに「偶発的な事故のリスクを減らす」だろうとも指摘した。

 本当にそうだろうか。

 南シナ海のスカボロー礁や東シナ海の尖閣諸島周辺における中国艦艇による問題行動は、船長が熱血漢過ぎたり、指揮系統に混乱があったり、あるいは想定外の状況に遭遇したりといった場合に起きる──欧米には今もそんな見方がある。

 中国では従来、国家海洋局海監総隊(CMS)や農業部漁業局傘下の「漁政」などが別々に海上警備に当たっていたが、これからは海警局に一元化される。職務の遂行には統一性が保たれ、国内法を遵守し、政治指導部からの指示に従うものとされる。そうしたルールから逸脱した場合も、責任の所在は明確になるわけだ。

 ややこしい配線図のような官僚機構の合理化を図ることには、もちろん有意義な面もあるだろう。深刻な事態に発展しかねない偶発事件を減らせるのも悪くはない。だが、ここで留意すべき点が2つある。

組織再編は長期戦の布石

 まず、東・南シナ海におけるトラブルは船員の過誤が引き起こしたものだという見解を認めると、中国政府は故意にその「過誤」を倍増させるだろう。尖閣諸島では日本が度重なる海域侵入に悩まされている。まさにシャークが明るい展望を語っていた頃にも、海警局所属の艦艇4隻が侵入していた。こうしたことが常態化するのは、そこに中国政府の強い政治的な意志があると見るべきだ。

 第2に、国内法の遵守にはあまり期待しないほうがいい。海警局が遵守するのは、問題の島々に関する領有権の主張を盛り込んだ92年の領海および接続水域法だ。しかも中国側は、国連海洋法条約などの国際協定に先行して同国が南シナ海の地図上に引いた領海線「九段線」などの優越を主張している。

 中国の軍事研究家、チャン・チュンショーは軍機関紙「解放軍報」で、新設局の目的は「この海域の争う余地なき管轄権が中国にあることを国際社会に示す」ことにあると述べている。要するに、これら海域について中国は「不可侵の主権」を有するという理屈だ。そして主権とは、言うまでもなく軍事的影響力の独占を意味し、それを行使するのが海警局というわけだ。

 海警局の発足は、近隣諸国にとって好ましいことではない。台湾国立政治大学のティン・シューファンも、中国が海上での監視・警備活動を強化するとみる。しかも今までの混成部隊よりもずっと効果的・効率的に動くだろうから、摩擦はますます増えるだろう。

 そこで思い出されるのは米SF作家ロバート・A・ハインラインの人生訓だ。「愚かしさで説明できるものを悪意のせいにするな。ただし悪意の可能性を排除してはならない」

 海警局の発足で責任の所在は明らかになるのだから、もちろん船長の愚かしさなどという説明は排除される。そうすると、後に残る説明は......。

From thediplomat.com

[2013年8月20日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、駆逐艦進水事故で本格調査を開始 損傷「深刻

ビジネス

中国BYD、4月の欧米販売台数が初めてテスラ超え=

ビジネス

全国コアCPI4月は+3.5%に加速、エネルギーや

ビジネス

カナダ経済、第2四半期はかなり弱い 不確実性で悪化
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:関税の歴史学
特集:関税の歴史学
2025年5月27日号(5/20発売)

アメリカ史が語る「関税と恐慌」の連鎖反応。歴史の教訓にトランプと世界が学ぶとき

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドローン母船」の残念な欠点
  • 2
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界の生産量の70%以上を占める国はどこ?
  • 3
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 4
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到し…
  • 5
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 6
    子育て世帯の年収平均値は、地域によってここまで違う
  • 7
    米国債デフォルトに怯えるトランプ......日本は交渉…
  • 8
    空と海から「挟み撃ち」の瞬間...ウクライナが黒海の…
  • 9
    人間に近い汎用人工知能(AGI)で中国は米国を既に抜…
  • 10
    「誰もが虜になる」爽快体験...次世代エアモビリティ…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドローン母船」の残念な欠点
  • 4
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 5
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」…
  • 6
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到し…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国…
  • 8
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 9
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 10
    人間に近い汎用人工知能(AGI)で中国は米国を既に抜…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中