最新記事

中東

「イラン攻撃」論に5つの不安

中東 核開発阻止のためタカ派は主戦論に傾いているがイランの実力を侮って安易に攻撃に踏み切れば痛い目に遭う

2012年2月15日(水)14時53分
アダム・B・ローサー(アメリカ空軍大学教官)

険しい道 米軍はイラクとアフガニスタンの戦争で疲弊したまま、過去数十年で最強の敵と戦う羽目に Kenneth Abbate-U.S. Navy

 イランの核開発を阻止するためなら手段を選ぶな──アメリカのタカ派はこう声高に主張する。

 だが、米軍が活用できる「手段」の選択肢は近い将来、今より少なくなるだろう。バラク・オバマ米大統領とレオン・パネッタ米国防長官は最近、国防予算の大幅な削減を予告したばかり。アメリカがイランとの戦争に踏み切る可能性は、多くのタカ派がかつて思っていたよりずっと小さいのかもしれない。

 アメリカがイランとの軍事対決に乗り出す可能性が縮小したことに、不安を感じる人もいるだろう。何しろパネッタは昨年12月、イランが1年以内に核兵器を手にする可能性があると示唆している(実際の可能性は小さいが)。

 確かにイランの核保有は、(イラン政府関係者を別にすれば)誰にとっても歓迎できることではない。しかし、アメリカがイランと戦争状態に突入するのであれば、その決定を下す前にアメリカ全体で国民的な議論を行うべきだ。進軍ラッパを威勢よく吹き鳴らして反対派の声をかき消すのは、賢明な選択でない。アメリカ大統領選の投票日が近づき、開戦論が勢いを増すとすれば、冷静な議論がますます重要になる。

 考慮すべき重要な点は5つある。

 まず第1の点。おそらくイランは、アメリカが過去数十年間に戦ったどの敵よりも強力な軍隊を擁している。グレナダやパナマ、ソマリア、ハイチ、ボスニア、セルビア、さらにはアフガニスタンやイラクとは話が違う。

 例えば、イランの海軍は沿岸での戦いを得意とする。中東の原油輸出ルートであるホルムズ海峡をある程度の期間封鎖し、アメリカや世界の経済を混乱させる力を持っているかもしれない。

アルカイダより手ごわい

 イランは、高度な防空システムを備えている可能性もある。イランと戦争になれば、アメリカの航空戦力はベトナム戦争以来の大きな打撃を被るかもしれない。アメリカ軍の爆撃機の数が減っていることを考えると、撃墜などにより爆撃機を失うことは避けたいところだ。

 それにイラク軍と違って、イランの陸軍と革命防衛隊は、アメリカの地上部隊の姿を見ただけで尻尾を巻いて逃げ出したりはしないだろう。むしろ、アフガニスタンとイラクの戦争をじっくり観察して、アメリカとの戦い方を学習しているはずだ。

 第2に、イラン情報省は世界で指折りの諜報機関だ。この30年、反体制活動家や旧王政時代の高官など、体制の敵と見なした人物を次々と暗殺してきた。現在も、暗殺やスパイ活動、テロ攻撃などを実行する能力を保っている。アメリカ国内にも秘密工作員を潜伏させている可能性が高い。

 昨年、マンソール・アーバブジアというイラン系アメリカ人が、メキシコの麻薬犯罪組織ロス・セタスに依頼してアメリカで駐米サウジアラビア大使暗殺を企てたとして摘発された。確証はないが、アーバブジアがイラン情報省と結びついていた可能性は十分にある。暗殺計画は未遂に終わったが、イラン情報省の工作活動の手がアメリカ国内まで伸びていることは分かった。

 在外イラン人やイラン系住民を苦しめる狙いで、イラン情報省が国内の親族を投獄し、虐待するケースも多い。100万〜150万人のイラン系アメリカ人がこの標的になるかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、総合的な不動産対策発表 地方政府が住宅購入

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ビジネス

中国平安保険、HSBC株の保有継続へ=関係筋

ワールド

北朝鮮が短距離ミサイルを発射、日本のEEZ内への飛
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中