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「日米関係の危機」という幻想

普天間というたった1つの問題で関係悪化をあおるメディアの勘違い

2010年3月5日(金)15時03分
横田 孝(本誌記者)

 先週、日米安全保障条約の改定50周年を祝った日本とアメリカ。この節目の時期に、両国では日米関係が悪化の一途をたどっている、というのが定説になっている。

 発端は、鳩山由紀夫首相が就任以来主張してきた沖縄の普天間飛行場の移設先の見直し問題だ。日米は06年、飛行場を密集した住宅地の宜野湾市から辺野古の沿岸部に移設することや、約8000人の海兵隊をグアムに移転させ、嘉手納基地以南の複数の米軍基地や施設を閉鎖・返還することに合意している(なぜか最後の点はあまり報じられていない)。

 米政府にしてみれば、長年かけてようやく結ばれた合意が覆されかねないことへの不満がある。合意文書では海兵隊のグアム移設や基地返還が普天間の辺野古への移設と連動していることが明記されているため、在日米軍再編計画が頓挫しかねないという不安もある。

 オバマ政権の主要閣僚やアメリカの一部の知日派が鳩山政権に不信感を示していることから、メディアはこれを日米関係の「危機」だとしきりに報じてきた。

 だが日米関係は、言われているほど冷え込んでいない。確かに、普天間問題では意見が一致していない。しかし、沖縄のこの小さな基地が日米関係のすべてではない。

 北朝鮮問題では、日米間の協調はこれまでになく強まっている。オバマ政権の対北朝鮮政策の柱の1つは、日本や韓国との連携を強化すること。日本の拉致問題を棚上げして核問題を前進させようとしたブッシュ前政権の過ちを軌道修正した形だ。最近、北朝鮮は米政府を2国間交渉に引き込もうとしているが、オバマ政権は日本などの同盟国との間にくさびを打ち込まれる事態を避けようと、慎重に対処している。

 核拡散防止や気候変動、テロ対策などのグローバルな課題でも、日米間の姿勢に違いはほとんどみられない。鳩山とバラク・オバマ米大統領は昨年11月、核拡散防止とクリーンエネルギー開発で緊密に協力していくことで合意している。日本政府はインド洋で給油活動に従事していた海上自衛隊を撤収させたが、代わりにアフガニスタンに5年間で50億ドル(約4500億円)の民政支援を約束しており、米政府から歓迎されている。

日本メディアが騒ぐ理由

 さらに、日米同盟の根幹部分に関しても大きな対立はない。日本もアメリカも在日米軍の重要性を認識しているし、沖縄の負担を軽減すべきだという点でも一致している。社民党はともかく、鳩山内閣で日米同盟を弱体化させたいと考える者はいない。岡田克也外相は就任後、一貫してこう主張している──日米同盟が「30年、50年」持続できるものにするために沖縄の基地問題を解決したい、と。

 では、なぜ日米関係が悲観視されるのか。メディアとしては、本来強固な同盟国同士の間で珍しく生じた摩擦を大きく取り上げたくなるのも無理はない。特に日本のメディアは、日米関係を日本の親米保守とアメリカの知日派同士の仲良しクラブ的な関係と見がちで、この古い認識を捨て切れずに事を必要以上にあおっている節がある。

 実のところ、一連の騒動の正体は日米間の本質的な意見の対立というよりも、むしろ経験の乏しい両国政府が一時的に取った不合理な態度にすぎない。

 鳩山政権は政権交代の高揚感に浮かれるあまり、「対等な」日米関係を築くという公約を過剰に推し進めようとし、普天間問題で強硬な態度を示し過ぎた。結果、日本政府が日米同盟を軽視し、アメリカの意向を無視しているかのような印象を生み出してしまった。オバマ政権も、普天間問題にいら立つ国防総省に引きずられて過剰反応してしまった。

 「沖縄の滑走路の形状や長さをめぐる問題が両国関係のすべてではないという事実を、両国の政府は見失っていた」と、かつて在日米軍再編交渉に携わったエバンス・リビア元米国務次官補代理は言う。

「ポスト普天間」に向けて

 最近、両国はこうした態度を修正し、より重要な問題に目を向け始めている。変化するアジアの安全保障環境の中で、日米同盟をどのように「深化」させていくべきか──日米両政府は、ようやくそのことを再認識し行動し始めた。

 1月12日の日米外相会談の際、ヒラリー・クリントン米国務長官は、日本政府の意思決定プロセスを「尊重」すると語った。岡田外相は会談以降、普天間問題について日米合意の現行案を選択肢から除外していないことを繰り返し述べている。鳩山も、「日米同盟が存在することに感謝すべきだと思っている」と語っている。

 2月には、日米同盟を深化させるための協議が本格的に始まる。確かに、普天間問題では鳩山政権が現実的な移設先を決定する今年5月の期限まで、日本メディアのセンセーショナルな報道は続くだろう。

 だが、これを日米関係の危機だというのは大げさだ。

[2010年2月 3日号掲載]

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