最新記事

世界経済

グラミン銀行は貧困を救えない

オバマはマイクロファイナンスの創始者でノーベル賞受賞者のユヌスに勲章を授与したが、世界はそろそろその栄光に隠れた限界に気づくべきだ

2009年8月26日(水)19時06分
ピーター・シェーファー

貧困層の救世主? オバマから大統領自由勲章を受けるユヌス(8月12日、ホワイトハウス) Jim Young-Reuters

 開発援助の世界でムハマド・ユヌスとエルナンド・デソトといえば聖人も同然だ。

 ユヌスと、ユヌスがバングラデシュに設立したグラミン銀行は06年、マイクロファイナンス(貧困者を対象とした小口融資)における先駆的功績が評価されノーベル平和賞を受賞した。バラク・オバマ米大統領は8月12日、「世界中の何百万もの人たちに自分の可能性を思い起こさせた」と、ユヌスに大統領自由勲章を授与した。アメリカで文民に与えられる最高の栄誉だ。

 デソトは90年代に世界銀行がペルー経済を立て直す際に重要な役割を果たした経済学者。「貧困層の財産権」という概念を唱えた彼は世界的に重要な知識人であり、長年ノーベル賞候補にあがっている。

 だが2人が唱えるアイデアが現実に与えるインパクトは限定的で、よく言われるように世界をつくりかえる力はない。残念なことに彼らが受ける栄誉がその現実を見えにくくし、重要な批判を封じてきた。だが2人のアイデアのいいところを組み合わせることで、貧困問題を解決する方法が見えてくる。

マイクロファイナンスの限界

 デソトは86年の著書『もう1つの道』で、貧困層は小さな起業家だが、所有権のない財産を保有しているため貧困という罠から逃れられないと主張した。さらに00年の『資本の謎』では、世界の貧困者が保有する「眠れる資産」(自宅や事業所など未登記の財産)は約9兆ドルもあるという見方を示した。

 デソトが提案する貧困解決策は、このように権利が証書化されていない財産を公的に認めるというものだ。これには強力な中央政府と相当規模の予算、効率的で政治色の薄い官僚機構、そして大規模な法改正が必要だし、多くの貧困国で企業や政府エリート層から反発が起きかねない。

 一方ユヌスは、貧しい人も融資の恩恵を受けられるし、融資の使い方を学べることを示してきた。なかでも重要なのは、貧困者がきちんと借金を返済することを証明してきたことだ。だがそのアイデアは大規模に実施するのが難しく、未だ象徴的な存在にとどまっている。

 04年の時点で、世界のマイクロファイナンス機関の貸出残高は170億ドル。デソトによればそのほとんどがプチ起業家である40億人の貧困人口が必要とする融資額と比べると、スズメの涙ほどしかない。

 しかも既存のマイクロファイナンスのほとんどは補助金で成り立っている。営利を追求する民間の資本市場から調達した資金で成り立っている融資はごくわずかだ(04年の時点でたった27億ドル、つまり貧困人口1人当たり1年に60セントしかない)。

 開発系の銀行はマイクロファイナンスに際して担保を必要としない。こうした金融機関は利潤を追求しておらず、補助金をもとに運営していることが多いからだ。他方、民間資本市場から資金を調達する銀行は、融資先に担保の差し入れを求める。だがこれでは借り入れコストが高すぎて、長期融資を求める貧困人口の多くが利用できない。

ユヌスとデソトの案をミックスせよ

 例えば、メキシコでマイクロファイナンスを行っているコンパルタモス銀行の年利は100%。一見大変に見えるが、無担保融資のリスクを考えるとまっとうな数字といえるだろう。だがこの利率では長期プロジェクトへの投資は進まない。

 では年利25~50%程度の短期融資ならどうか。これなら市中銀行の金利より低いが、すぐに返済期限が来てしまう。つまり、グローバルな民間資本を貧困層が利用するのはほとんど不可能。ユヌスやデソトは、貧困層がすでに行っている経済活動を公的に認めることで彼らの貧困脱却を促そうとしているが、その影響力はあくまで限定的でしかない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=小反発、ナスダック最高値 決算シーズ

ワールド

トランプ氏、ウクライナ兵器提供表明 50日以内の和

ワールド

ウへのパトリオットミサイル移転、数日・週間以内に決

ワールド

トランプ氏、ウクライナにパトリオット供与表明 対ロ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中