新しい学び、成功のコツは講師選び...ヤクザ専門ライターはいかにして運命のピアノの師と出会ったか?
俺の好みははっきりしている。ジョークが好きでノリがよく、当意即妙な返しのできる相手だ。ABBAを弾きたいという電話程度の斬り込みで怯(ひる)む相手とは、どうせ上手く付き合えない。唐突な電話は先生を選別するための一次試験でもあった。
成人男性がピアノ教室を見つけるのは簡単ではない
個人のピアノ教室は、そもそも成人男性を受け入れていない(という理由で断ってくる)ところが多かった。体のいい大義名分で、本当は教室のカラーにそぐわない生徒をふるい落としているのかもしれない。
ピアノ教室は防音スタジオに入り、一定の時間、個室で二人きりになる。想像できないようなとんでもない受講生は必ずいるから、生徒選びもそれが中年男性の場合は慎重にならざるを得ないだろう。
粛々と電話をかけ続けた。
「......『ダンシング・クイーン』を弾きたい......と。ピアノで。昔習っていたとか?」
「ピアノに触ったことはありません。正確にいえば小学校の音楽室で触れたことはありますがまったく弾けません」
「いちからピアノを習いたい...ということですよね?」
「そういうことですが、基礎を習いたいのではないです。この曲だけ弾ければいいんです」
「......えーっと......うちは男性の生徒さんを受け付けてないんです。ごめんなさい」
時々、俺の中のフェミが発動しそうになる。必死に押しとどめた。現実的にピアノ・レッスンの主役は子供と女性だ。難航するのは仕方がない。
子供にとってのピアノの先生はどこにでもいて、子供向けのピアノ教室は全国に多数ある。幼少期からピアノを専門的に学ぶカリキュラムは、試行錯誤を重ね体系化されている。だが大人にピアノを教える専門の先生はそういないだろう。
最近、シニアをターゲットにしたピアノ教室が増えてきたが、ここでの先生たちは本来、子供のための〝師匠〞であり、生徒にはどこか門下生といった雰囲気が消えない。そんな世界におっさんという異分子が侵入しようとしている。抵抗勢力に遭遇するのは当然である。
職業病:教室でスタジオのドアを少し開いた理由
結局、アポ取りに丸二日を費やし、四つの教室を見学することになった。本当をいえば余計なトラブル回避のため男性の先生がよかったのだが、絶対数が少なすぎ、すべて女性の先生だ。
運命の人、レイコ先生とは最初の教室で出会った。電話は事務の職員さんが対応してくれたので、話すのは初めてだった。