最新記事
ドラマ

原作に忠実もなぜかキャストは皆「いい年」...ネトフリ版『リプリー』に欠けているものとは?

Tom Ripley, American Icon

2024年5月1日(水)13時31分
サム・アダムス(スレート誌映画担当)
トム・リプリーを演じるアンドリュー・スコット

トム・リプリーを演じるスコット NETFLIX

<同じ原作に基づく過去2作品とは一線を画す描写で詐欺師トム・リプリーの魅力を引き出そうとしたが>

1960年の『太陽がいっぱい』でアラン・ドロンが、99年の『リプリー』でマット・デイモンが演じた愛すべき詐欺師トム・リプリーが、21世紀に復活を遂げた。ただし映画ではなく、今回はネットフリックスの連続ドラマだ。

推理小説の大家パトリシア・ハイスミスが55年にデビューさせ、その後もシリーズ4作で育て上げた主人公トム・リプリーは病的な犯罪者であり、ゆがんだアメリカンドリームの体現者でもある。

もとは何のアイデンティティーもない男だったが、裕福な海運業者の跡取りで放蕩息子のディッキー・グリーンリーフに巧みに成り済まして上流社会への階段を駆け上がり、気が付けば自分本来の声すら忘れ、原作者ハイスミスの言う「自分の過去も自分自身も消し去った」存在へと落ちていく。

ちなみにネットフリックス版の『リプリー』では、主人公のトム(アンドリュー・スコット)だけでなく、脇を固める人たちの存在感も希薄だ。トムに消されてしまうディッキー(ジョン・フリン)も、彼の恋人マージ・シャーウッド(ダコタ・ファニング)も、裕福な浪費家フレディー・マイルズ(エリオット・サムナー)も、要は親の財産を食いつぶしているだけだ。

脚本はかなり原作に忠実だが、一つ大きな違いがある。若かったはずの主要キャラクターが、みんないい年なのだ。

原作のディッキーはまだ20代半ばで、イタリアで放蕩の限りを尽くした後はアメリカに戻って家業を継ぐはずだった。主人公のトムも同じ世代で、だから99年の映画でトムを演じたデイモンは当時29歳だった。

しかし今回は、ディッキー役のフリンは41歳で、トム役のスコットが47歳。どちらも分別のありそうな風情なので、若気の至りの放蕩息子とその友人には見えない。

99 年版にあったものがない

親の財産で食っていけると信じるディッキーに、将来の不安はない。一方のトムには未来がない。トムが以前にどんな夢を抱いていたにせよ(ドラマではトムの過去は一切明かされない)、その夢はとっくに破れていて、今はただサバイバルだけが目標だ。

99年の映画『リプリー』は、原作に潜んでいた同性愛的な要素を浮かび上がらせた。デイモン演じるトムはディッキーに恋していたが、拒絶され、彼を殴り殺してしまう。

しかし今回のトム・リプリーは違う。スコット演じるトムは、ただ自分が生き延びるのに邪魔だから、という理由でディッキーを殺す(なお原作が出た当時はまだ同性愛がタブー視されていたから、原作者のハイスミスはトムに「好きなのは男か、女か。自分では決められないから、どちらも諦めようと思う」と言わせている)。

実を言えば、トムは物質的な富にも興味がない。彼はただ、救い難い欠乏感から解放され、お金の心配なしに生きていきたいだけだ。

スティーブン・ザイリアンが脚本と監督を手がけたネットフリックス版のトムは、もはや夢追い人ではない。生きるために、ひたすらもがいている男だ。それなりに裕福な人間でさえ、一握りの超富裕層に比べたら見劣りする自分の財産を恥じ、不安になってしまう。そんな今の時代にふさわしい人物像に見える。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、2カ

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中