最新記事

映画

荒唐無稽だけど最高のワクワク感...『ミッション・インポッシブル』最新作は、集大成にふさわしい

MI Takes On AI

2023年8月4日(金)21時30分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

今回は凄腕のスリでもあるグレース(ヘイリー・アトウェル)が陣営に加わる。イーサンと彼女が小さなフィアットでローマの街中を逃げる場面は、アクションとコメディーが心地よく混ざり合っている(互いの片手を手錠でつながれたまま運転する技術も習得したようだ)。

リアルな世界の質量感

さらに、IMFの元上司ユージーン・キトリッジ(ヘンリー・ツェーニー)や、愉快なほど道徳心がない武器商人のホワイト・ウィドウ(バネッサ・カービー)など、敵か味方か分かりかねる面々も再登板する。

 
 
 
 
 

本作の最大の欠点は、観念的な悪役の設定が中途半端なことだ。「エンティティ」と呼ばれる謎めいた万能のAI(人工知能)は顔も肉体もない邪悪な力で、人間の意識や思考を獲得しようとする脅威を感じさせるが、抽象的すぎて悪党としての説得力がない。

それ以上に捉えどころがないのが、エンティティと、冷酷な子分でテクノロジーの代理として戦うガブリエル(イーサイ・モラレス)との関係だ。この男はなぜ、人類を脅かす目に見えない塊のために命を懸けて戦うのか。人工知能が約束する未来を心から信じているのか。

貨物機のシーンで、ガブリエルの動機に関する大切なせりふを私が聞き逃した可能性はある。もっとも、AIを敵役に選んだのは確かに超タイムリーだが、それ以上でもそれ以下でもないようだ。

イーサンがバイクもろとも崖からダイブするシーンは正真正銘、命懸けのスタントで、スマートテクノロジーの時代に人間らしさを持続させるという思いを、どんなせりふより雄弁に語っている。

そして、「真実は消えつつある」というウィドウの不吉なせりふは、映画の世界を覆う機械学習の脅威と重なる。フェイクよりリアル、デジタルよりアナログ、ストリーミング配信より劇場上映を追求するクルーズの情熱は、シリーズの製作と配信を貫くテーマであり、映画全体の継続的なテーマでもある。

『デッドレコニング』の筋書きを牽引するディープフェイクや偽情報、アルゴリズムで操作されたデータの恐怖は、視覚効果のトリックに対してシリーズが示し続けてきた反感を、かつてないほど鋭く表現している。リアルな世界の質量や重力、スピード、人間の純粋な勇気の力を信じるクリエーターたちの揺るぎない信念が、CGで育った21世紀の観客をわくわくさせる。

破壊された橋の端にぶら下がった列車の車内を垂直によじ登るという荒唐無稽な勝利のフィナーレは、1926年の『キートンの大列車追跡』を思わせる。97年前も今も、生身の人間の壮大なアクションに私たちは圧倒される。

©2023 The Slate Group

MISSION: IMPOSSIBLE - DEAD RECKONING PART ONE
ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE
監督╱クリストファー・マックァリー
主演╱トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル
日本公開中

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ペロシ元下院議長の夫襲撃、被告に禁錮30年

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅安、FRBは利下げ時期巡り慎

ワールド

バイデン氏のガザ危機対応、民主党有権者の約半数が「

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中