最新記事

映画

監督が明かす『ラーゲリより愛を込めて』制作秘話 シベリア抑留者たちの息遣いを探して

ORDEAL IN SIBERIA

2022年12月8日(木)19時15分
瀬々敬久(映画監督)

magSR20221208ordealinsiberia-3.png

「革命の国」にだまされた人々

一方、主人公である山本幡男さんは学生時代には社会主義に憧れた、いわゆる左翼である。1928年の三・一五事件で活動家として検挙されている。その後、満鉄(南満州鉄道)職員となり、戦争中は特務機関で働く。いわば「転向」の人とも言える。

そこにはこの時代の若者たちのソ連観を感じることができる。ソ連は「革命」の国であり、進取の精神を持とうとした若者には憧れの地だった。その国にだまされ、酷(ひど)い目に遭いもした。いわばアンビバレントな思いをしていたのではないか。

これは山本さんだけに限られたことではない。当時の若者や先進的な人々には、革命と共産主義にあるシンパシーを持つ人々もいた。だからこそ、収容所内での民主化運動という名の赤化教育も受け入れられたのではないか。

そこには本当に革命を信じて共産主義の活動家になった収容者たちも多くいたはずだ。1960~70年代の学生運動とも根の部分でつながっているような気がした。

だが、映画では時間上の関係もあり、収容所内の民主化運動については山本幡男さんたちが被る悲劇として、表面的に扱うことしかできなかった。そこは残念だったと今も思っている。

準備中には島根県・隠岐の島も訪れた。幡男さんの故郷であり、この島で彼の帰りを待っていた妻のモジミさんと子供たちの足跡を追った。

幡男さんは隠岐の西ノ島の出身で、大山という海岸沿いの集落の生まれだ。大山はかつて北前船の中継港で多くの旅館が並び華やかだった時代もあった。だが、今は寂しい集落だった。

島の歴史に詳しい個人タクシーの運転手さんに教えてもらった幡男さんの生家跡も竹やぶの中に埋もれていた。集落の外れで目の前はすぐ海。ずっと海を見ながら育った幡男さんの少年時代が目に浮かんだ。

西ノ島はかつて後醍醐天皇が流刑された島であり、中央の名士や高官が多く流され、彼らが島内に寺子屋を開いたという。それゆえ島では教育が熱心であり、今も高校となれば松江のほうに下宿させ、東大に合格する者も年に何人かいるということだった。

山本家もその流れをくんでいて幡男さんの両親は学校の先生、幡男さん自身も東京外国語大学の前身、東京外国語専門学校へ進みロシア語を学んだ。

幡男さんの顕彰碑が島の北側、国賀海岸の高台の岬の上に立っている。向かったが数日前に降った大雨の山崩れで道路が不通。仕方なく岬の下の海岸から豆粒のような顕彰碑を見上げる。

見上げた先は奇岩が散在する名勝地。そこには「皇太子殿下・皇太子妃殿下 御野立所」の石碑が立っており、山本幡男さんの顕彰碑も最初はそこに建てるはずだったが、天皇家の碑の横にシベリア抑留者の碑を建てるのはマズかろうということで、シベリアに続く海が見える高台に、シベリアまで「魂、届け」とばかりに北向きに建てたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&Pとダウ上昇、米利下げ期待で

ワールド

米、イスラエルへの兵器輸送一部停止か ハマスとの戦

ビジネス

FRB、年内は金利据え置きの可能性=ミネアポリス連

ワールド

ロシアとウクライナの化学兵器使用、立証されていない
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 7

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 8

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 9

    ハマス、ガザ休戦案受け入れ イスラエルはラファ攻…

  • 10

    プーチン大統領就任式、EU加盟国の大半が欠席へ …

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中