最新記事

海外ノンフィクションの世界

オークションで「至宝」を見抜き、競り勝つために必要なもの

2021年9月7日(火)16時25分
冬木恵子 ※編集・企画:トランネット
画廊

写真はイメージです SeventyFour-iStock.

<ヘミングウェイの書簡、ナポレオンの死亡報告書、エディソンの試作品......。なぜ次々と大発見ができるのか。史料文書のプロ、ネイサン・ラーブが『歴史の鑑定人』に綴った歴史的至宝にまつわるミステリアスな物語>

インターネットオークションやフリマアプリが身近な今、歴史上の偉人が書いた文書や著名人が使っていた物品を手に入れるのは、さほど難しくないようにも感じられる。

けれども、画面の中で見つけたそれらは、本当に真正品(ほんもの)だろうか。そんなに簡単に見極められるものだろうか。

『歴史の鑑定人――ナポレオンの死亡報告書からエディソンの試作品まで』(筆者訳、草思社)の著者ネイサン・ラーブは、成り行きで父親の会社を手伝うことになり、署名入り文書や史料文書の取引の世界に足を踏み入れる。

父の指導で鑑定や取引の手腕を磨いていく過程でさまざまな逸品に出合うが、それらは必ずしも最初から高評価を受けてはいない。

例えば、オークションのカタログで簡単に紹介されていただけの文書が、実はあのロゼッタストーンをフランスから奪えというイギリスの将軍の命令書なのに、そこに気づいていたのは著者の父親だけ。驚くほど安価で競り落とせたそれは、後日大英博物館が買い上げたほどの貴重な史料だった。

かと思えば、元大学教授が相続した数々の著名人の署名入り文書の中で購入に値したのは、オーヴィル・ライトが飛行に言及した書簡と、ヘミングウェイが釣りを語った書簡の2通のみ。ほかの単なる自筆文書とは段違いの、彼らがのちに歴史に名を残す理由となる点に触れた文書だったからだ。

でも、文書を目にしたときに、その内容と署名者の業績や経歴とを瞬時に結びつけられなければ、真価には気づけない。文書の価値を見抜けるかどうかは、積み上げた知識と経験に裏付けられた直感が働くかどうかにかかっているのだ。

trannet20210907huntforhistory-3.jpg

写真はイメージです BlackQuetzal-iStock.

ときには予想だにしない文書に遭遇することもある。アインシュタインの書簡を持っている人物から、ほかにも見せたいものがあると言われ、著者父子が書簡を受け取りがてら訪ねてみると、そこには驚愕のアーカイブが存在していた。

ヒトラー支配下のドイツを逃れてアメリカに渡ったユダヤ人科学者ゲオルク・ブレーディヒの孫が、祖父と父が文字通り命懸けで守った貴重な科学系文書や書簡の一切を地下室に保管していたのだ。

そしてそれらと共に現れたのは、ユダヤ人迫害の詳細が読み取れるブレーディヒ父子のやりとりや、強制収容された家族、隠れ住んでいた知人からの手紙の山だった。著者たちはアーカイブを全力で整理して関係機関に託し、稀有の一次史料が歴史に埋もれるのを防ぐことができた。

trannet20210907huntforhistory-2.jpg

写真はイメージです LightFieldStudios-iStock.

あたかもミステリー短編集のように

ほかにも、女性の参政権獲得に尽力したスーザン・B・アンソニーの書簡、マーティン・ルーサー・キングが刑務所で書いたラブレター、ジョン・F・ケネディの録音テープなど、会社を共同で経営する著者とその父親が遭遇した数々の歴史的至宝とそれらにまつわる物語は、あたかもミステリー短編集の様相だ。

なぜ彼らには次々と大発見ができるのか。オークションにせよ、持ち込まれた品にせよ、とくに注目されていない文書が実は至宝だと気づけるだけの、知識と経験を持ちあわせているからだ。贋作の見極めもまたしかり。なぜか惹かれる、あるいは、どうもおかしい、という「ひらめき」があれば、調べを尽くし、真贋を鑑定する。

そして、この仕事の学びに終わりはない。著者は日々新たな知識を蓄積しながら、文書の価値を見極め続けている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、予想
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中