最新記事
住宅政策

高級住宅を増やせば住み替えで低所得者用の空き家が増える?── 破綻した豪住宅政策

THE AUSTRALIAN HOUSING SYSTEM IS BROKEN

2024年9月18日(水)14時10分
レイチェル・オング・ビフォージュ(豪カーティン大学経済・金融学教授)
鍵

ILLUSTRATION BY ANASTASIIA_NEW/ISTOCK

<オーストラリアの歴代政権は、低・中所得層でも手の届く賃貸住宅の供給をおろそかにしてきた>

オーストラリアでは低所得層が前代未聞の住宅危機に見舞われている。安く借りられる住宅が足りないからだ。

理由はいろいろ考えられる。新型コロナウイルスの感染爆発を経験して広い家を欲しがる人が増えた、海外からの移民がまた増えてきた、住宅ローンの金利が上がった、等々。


だが安い賃貸住宅の不足は今に始まった話ではない。そもそもオーストラリアの歴代政権は、低・中所得層でも手の届く賃貸住宅の提供をおろそかにしてきた。

まず底辺を見れば、安価な公共賃貸住宅の供給数の増加率は人口増加率の3分の1に満たず、どう見ても需要に追い付いていない。だから低所得層も民間アパートに頼らざるを得ないのだが、あいにく家賃は高騰している。

上を見ると、それなりの所得はあっても住宅購入に二の足を踏む人が増えている。14万豪ドル(約1400万円)以上の年収があっても賃貸住宅に暮らす世帯は、1996年時点で8%にすぎなかったが、2021年には3倍の24%に増えていた。こうなると家賃の相場は上がるから、低所得層には手が出なくなる。

これは住宅政策が破綻していることの証しだ。今の政策は住宅の供給数ばかり重視しているが、大事なのはコストの抑制と、供給する住宅の多様化だ。現状では、若い人たちがアパート暮らしを卒業して家を買おうと思っても、彼らの年収で買える家はない。

一方で政府は、複数の不動産を所有する人に対する手厚い優遇税制を廃止しようとしない。アパート暮らしの低所得層に対する家賃補助制度にも欠陥がある。本当に困っている人の5人に1人近くが補助を受けられない一方で、困ってもいない人の4人に1人が補助金をもらっている。

空論に惑わされるな

市場の論理に任せればいいという考え方もある。家賃が高めの物件を増やせば、所得が高めの層はそこへ移り住むから賃料の安い住宅に空きが生じ、そこへ低所得層が入居できるという理屈だ。

高級住宅の供給を増やせば住み替えが増え、その結果として増える空き家の価格は下がるから、低所得層でも手が届くようになるということ。夢みたいな話だが、現実は異なる。家賃は上がり続け、ホームレスの人も増えている。

いま必要なのは、低所得層の人たちが働いて子育てもできるような地域に、質がよくて家賃も手頃なアパートを増やしていく政策だ。政府は今後5年間で公共住宅120万戸を建設するという目標を掲げているが、大事なのは「どこに建てるか」だ。まともな家がなく、貧しい地域に暮らしていれば、子供たちの精神衛生にも悪影響が及ぶ。

現政権が家賃補助の上限を引き上げたのは喜ばしいことだ。しかし、それだけで家賃の高騰に苦しむ人たちを救済することはできない。2軒目の住宅購入を検討する人たちへの優遇税制を縮小し、初めて住宅を買おうとする人たちにもっと有利な仕組みをつくるべきだろう。

しかるべき地域に、しかるべき家賃で入れる十分な数の公共住宅を整備する。この理想に向けて、従来の政策を真摯に見直すこと。政治にはそれが求められている。

The Conversation

Rachel Ong ViforJ, ARC Future Fellow & Professor of Economics, Curtin University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ブラジルのコーヒー農家、気候変動でロブス

ワールド

アングル:ファッション業界に巣食う中国犯罪組織が抗

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中