最新記事

ヨーロッパ経済

労働者の「圏内大移動」が欧州を救う

ヨーロッパで起こっている歴史的な移民現象は経済悪化の兆しではなく景気回復への最後の希望だ

2013年6月13日(木)16時12分
マシュー・イグレシアス

国を捨てて 金融危機で破綻したアイルランドでは毎月3000人が国外に移住している Cathal McNaughton-Reuters

 為替レートが国の実力に応じて変動しないユーロ圏では、経済破綻した国だからといって通貨が安くなり、それによって外から投資や仕事を呼び寄せられるということがない。だとすれば、人のほうから動くしかない。実際、それが今ヨーロッパで起こっていることだ。

 スペインの王立エルカノ研究所の調査によると、30才未満の若者のうち約7割が国外へ移住することを考えていると言う。ポルトガルに至っては、過去2年間ですでに人口の2%が移住している。自国を捨て国外に出る人の数は2008年から倍増しているのだ。

 極めつけはアイルランドかもしれない。毎月3000人以上が国外移住するという記録的な大移動が起こっているのだ。これほどの移民が出るのは、19世紀にアイルランドで起こった「ジャガイモ飢饉」以来。移住する人の中にはポーランドから来ていた出稼ぎ労働者が自国に戻っている数も含まれているが、多くはアイルランド人だ。

 こうした移民の行き先はというと、お察しの通り経済が比較的好調なドイツが人気だ。ドイツの連邦統計局によると、昨年、約100万人もの移民がドイツへ押し寄せており、これは一昨年から13%の増加だ。特にスペイン、ギリシャ、ポルトガルそしてイタリアからの移民は12年と比較して5割近く増えているという。
 
 だが、他の移民たちは職にありつくために、かつて先祖たちが移り住んで行った「伝統的な移民先」にも向かっているようだ。アイルランド人ならイギリスへ、スペイン人は南米へ、そしてイタリア人はアメリカへ、といった具合だ。

 こんな社会現象の話を聞くと、欧州経済はますます悪くなっていると思うかもしれない。だが、EUの高官は「圏内移民」こそ、欧州が経済危機から脱却するカギになると言う。アメリカと比べて労働者の圏内移動が少ないことは、彼にとって黙って見過ごせない深刻な問題なのだ。

 もちろん、そんなに手っ取り早く都合のいい政策などそうありはしない。たとえばポルトガル人が急にフィンランド語を話せるようになるわけもない。

 だが、EUという単一の労働市場をもっとアピールするためにできることはある。例えば資格や、移住後も年金が移管される仕組みを整えるといったことが挙げられるだろう。

 圏内移民には、為替変動による資本移動ほどの調整力はない。だが、しばしば制御不能になる為替相場と違い、政治的な努力は実りやすい。

© 2013, Slate

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

EUの炭素国境調整措置、自動車部品や冷蔵庫などに拡

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ

ワールド

中国、EU産豚肉関税を引き下げ 1年半の調査期間経

ビジネス

英失業率、8─10月は5.1%へ上昇 賃金の伸び鈍
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中