最新記事

IMF

ラガルドはユーロ圏を破産させかねない

セクハラ前任者の後任としては女性で有能なラガルド仏経済財務雇用相が適任だが、ユーロびいきは致命的

2011年5月27日(金)17時59分
デービッド・ケース

今はまずい IMF次期専務理事に立候補表明したラガルド(5月25日) Jacky Naegelen-Reuters

 5月25日、フランスのクリスティーヌ・ラガルド経済財務雇用相がIMF(国際通貨基金)の次期専務理事に立候補すると表明した。性的暴行容疑で訴追されたドミニク・ストロスカーン専務理事の辞任を受けてのことだ。

 財政破綻国の救済機関であるIMFトップの座をラガルドが手に入れることは間違いないだろう。彼女は、すでに多くの欧州諸国が支持を表明している最有力候補だからだ。

 IMF専務理事はヨーロッパから、IMFの姉妹機関である世界銀行の総裁はアメリカから出すというのが長年の不文律。中国やブラジルのような新興国の影響力が強まってきても、ヨーロッパとアメリカはこの体制を守り続けてきた。

 ラガルドには優れた点がたくさんある。非常に聡明な上、容姿に品がある。見た目が魅力的なのは、IMFトップに欠かせない資質だ。人気はないが経済的に十分意味のある政策を進める際は、各国を口説き落とす交渉術が必要になってくるからだ。前任者ストロスカーンが性的暴行容疑で辞任し、IMFはセクハラに甘いと言われてきたことを考えれば、ラガルドが女性であるという点も特にポイントが高い。

 それでも経済界で多大な影響力を持つ人々の中では、ラガルドは適任者ではないとの声が上がっている。IMFの元チーフエコノミストで、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のサイモン・ジョンソンもその1人だ。ジョンソンはニューヨーク・タイムズのブログに寄稿し、ラガルドはユーロ圏の熱心な擁護者という点で致命的な欠陥があると主張。IMFが直面している最大の課題、つまり欧州の債務危機に対して客観的な立場で指導力を発揮できないとした。

 ジョンソンは、ユーロ圏形成は間違った試みだったと考えている。「99年にユーロ圏が誕生した時は、圏内諸国の生産性水準が同じになることが想定されていた。つまり、ギリシャはドイツのようになるはずだった」


「他人のカネで博打を打つ」戦略

 もちろんそうはならなかった。ドイツが経済力を高める一方で、ギリシャなどの非主要国は借金地獄と経済不振にはまり込んでいる。こうなった今、ヨーロッパは選択を迫られているとジョンソンは指摘する。ユーロ圏の経済大国が、「税を払いたがらない人々」のいる「貧しくて、活力のない国」に自分たちの富をさらに譲り渡していくのか、ギリシャのような経済力のない国がユーロ圏から「追い出される」のか――。

 ジョンソンによれば、ヨーロッパはこうした不快な選択肢から目を背け続けてきた。「ラガルドがIMFのトップになれば、債務危機に陥ったユーロ圏諸国への支援融資を続けるだろう。スペインやイタリア、ベルギーにまで予防的措置の融資を行うようになれば、IMFは加盟国の融資限度額を少なくとも1兆ドル上乗せしなくてはならなくなる」と、ジョンソンは書く。「他人のカネを使ってユーロ圏再生という博打を打つ、そんな戦略を象徴する人物がラガルドだ。アメリカなど非ユーロ圏の納税者が彼女を支持するわけがないだろう」

 フィナンシャル・タイムズの有力コラムニストであるマーティン・ウルフも、ラガルドのようにユーロ圏の未来を楽観視する人物が適切なリーダーシップを発揮するのは難しいとみる。「IMFから公平で中立的なアドバイスを得ることは、欧州諸国の利益にかなう。ストロスカーンにはこれができなかったが、ラガルドも中立にはなれない」

 ウルフはラガルドの優れた資質を数多く挙げながらも、「彼女の経済学についての知識は十分ではない」とし、「周囲にいる人物のアドバイスに頼る必要が出てくるだろう」と指摘する。

 ウルフの主張で何より重要なのは、世界の勢力図が変わるなかでIMF専務理事の選出プロセスは透明性が高く、能力本位で、世界中の有能な候補者に開かれたものであるべき、という点だ。しかしウルフは、ヨーロッパがこうした意見に耳を貸すことはないだろうと考えている。

「変化の風に従わない体制は吹き飛ばされる。手遅れにならないうちに、ヨーロッパ諸国はそのことを理解すべきだ。しかし彼らはそうせず、大きな過ちだったと後で気付くのだろう」

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=小反発、ナスダック最高値 決算シーズ

ワールド

トランプ氏、ウクライナ兵器提供表明 50日以内の和

ワールド

ウへのパトリオットミサイル移転、数日・週間以内に決

ワールド

トランプ氏、ウクライナにパトリオット供与表明 対ロ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中