最新記事

世界経済

スタグフレーションがやってくる

雇用を増やすべきときに財政支出を削り量的緩和でカネをバラまくのは最悪の政策ミックスだ

2011年2月17日(木)12時59分
ジョセフ・スティグリッツ(米コロンビア大学教授、ノーベル賞経済学者)

 数字の上では、景気後退は過去の話。世界銀行によれば、途上国が平均年6%の成長を順調に続けているおかげで、世界経済の成長率も今年は3%を超える見込みだ。イギリスのFTSE100種株価指数の上昇率は半年で15%を超え、ダウ工業株30種平均もそれに近い伸びを示した。好況期がまた巡ってきたのだと解釈してもおかしくないデータである。

 だが欧米の労働者の状況は一向に改善されていない。就職できる機会は依然として極めて少ないからだ。雇用だけではない。財政面でも通貨政策面でも、今年は欧米にとって無知な政策の悪循環の年になるかもしれない。つまり、経済は改善するどころか悪化するということだ。

 失業率が高止まりしたままの景気回復はあり得ない。ユーロ圏とアメリカで失業率は10%前後の水準に張り付いている(スペインではその倍)。経済学者の間では、失業率が金融危機前の5%程度に改善するには最低でもまだ数年かかるという見方が支配的だ。

 人々を職に就かせるべきときに、欧米諸国は財政を引き締めた。金融危機直後の大型景気対策は、実質的にはほとんど何の効果も挙げないまま先細りになり、消えていこうとしている。

融資なき米銀復活の矛盾

 前にも経験したことだ。大恐慌のときも97〜98年のアジア通貨危機のときも、緊縮財政が経済を立て直すというよりむしろ、弱体化させたのは明らかだ。財政支出の削減は経済成長の足を引っ張る。国家破綻したアイルランドやギリシャがその実例だ。

 歳出削減の後にはある循環が始まる。失業が長引いている人の貯蓄は減り、職能も低下していく。財政支出が減れば経済成長が減速して税収が減り、一段の歳出削減が必要になる。

 矛盾はそれだけではない。大手米銀の業績は改善している(JPモルガン・チェースは昨年10〜12月期に48億ドルの利益を上げ、その他もおおむね利益を上げた)。だが、資金を必要とする企業にお金を貸し出すという金融機能は回復していない。

 金融危機前、これら米銀大手は、資本を効率的に配分しリスクを管理するという社会的責任を怠っていた。それも金融危機で変わるだろうと、一部の専門家は大いなる幻想を抱いた。金融規制を厳格化してリスク過剰の取引を抑制し、大き過ぎてつぶせない銀行をなくせば、米銀大手も中小企業に資本を提供する本来の役割に戻るだろう、と。現実には銀行間の競争は以前より減り、多くの企業が経営難から抜け出せないままだ。

 各国の足並みがそろわない為替政策も2011年の大きな不確実要素だ。ヨーロッパの政府債務問題はまだ解決からは程遠い。もしまた小国が破綻して大国の支援が求められたら、EU諸国の指導者はそれでもユーロを救おうとするだろうか。

 アメリカの長期金利を引き下げようというFRB(米連邦準備理事会)の量的緩和政策も、世界の資本市場を混乱させている。仮にうまくいっても、それが景気刺激になる可能性は少ない。最悪の場合は、資産バブルと商品価格の高騰を招いて、米政府が最も恐れるスタグフレーション(景気沈滞下のインフレ)に陥るだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

12月利下げ支持できず、インフレは高止まり=米ダラ

ビジネス

米経済指標「ハト派寄り」、利下げの根拠強まる=ミラ

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ワールド

トランプ氏、司法省にエプスタイン氏と民主党関係者の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中