最新記事

米金融

失策続きFRBをもう誰も信じない

数百人の経済学者を雇いながら、FRBは危機のドミノが倒れるたびにびっくり仰天し続けた

2011年2月1日(火)17時14分
ダニエル・グロス(ヤフーファイナンス経済エディター)

 FRB(米連邦準備理事会)とはけんかをするな──投資の世界の古いことわざだ。政治家がメディアにけんかを売らないのと同じで、投資家はドルをいくらでも刷れる連中に逆らうべきではない。FRBが金利を下げたがっていて、そのために大量の米国債を買い入れる用意もあるというなら、普通は市場も納得する。

 だが今度は違う。11月にベン・バーナンキFRB議長が長期金利を引き下げるために6000億ドルの米国債を買い入れると発表してから、政治家や各国の通貨当局までが戦闘モードで身構えている。

 ドイツのウォルフガング・ショイブレ財務相は追加緩和策を「無知」と呼び、右派の経済学者らはバーナンキの経済失策を書簡で非難。怒りのあまり集団発作を起こした市場では、債券利回りが急騰した。もはやFRBが90年代のような絶対的な権威を持たないことは明らかだ。

 90年代には、当時のアラン・グリーンスパンFRB議長が常に経済の先を読んでいた。グローバル化や中国の台頭、通信革命などが、アメリカにインフレなき高成長をもたらすと見抜いたのだ。

 だが00年代に入ってからは、グリーンスパンとバーナンキの政策は現実に後れを取り、慌てて追い掛けては、予想外の展開に戸惑うことの連続だった。

 グリーンスパンは景気が回復してもしばらく利上げをせず、住宅バブルをますます膨張させた。サブプライムローンが焦げ付き始めたときも、FRBは何もしなかった。バーナンキは07年5月にこう言っている。「サブプライム問題が住宅市場に与える影響は限定されたものになるだろう。経済全体や金融システムに大きく影響するとも思わない」

 そして08年6月、景気後退が始まって6カ月後、FRBの連邦公開市場委員会(FOMC)は、08年の米経済は年率1〜1・6%のペースで成長していると全員一致で判断した。大外れ!

 数百人の経済学者を雇い、金融業界を監督する立場であるにもかかわらず、FRBはその後も危機の「ドミノ」が倒れるたびにびっくり仰天し続けた。政府系住宅金融機関の経営危機、保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の経営危機、大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻、そして遂には経済システム全体が危機に陥った。

不信感で米国債利回りが急騰

 歴史的な金融危機を予見できず対策も後手に回り続けたことで、中央銀行としての信用は傷ついた。市場は、FRBの一手は今度もまた遅過ぎたのではないかという疑念にさいなまれている。

 景気の変わり目さえ見分けられないのだとしたら、今度の追加緩和策で景気の二番底は防げるという説明を額面どおりに受け取るわけにはいかないし、追加緩和でインフレに火が付く心配はないという言い分だって信じられない。

 CBSの報道番組『60ミニッツ』は長いこと、失われた信頼を回復したい公人の駆け込み寺だった。バーナンキが番組のアンカー、スコット・ペリーを金融政策の総本山たるFRBに招じ入れ、12月5日放送のインタビューに応じたのもうなずける。
 
 だがこの賭けも失敗だった。バーナンキの出演後、債券投資家たちは一目散に逃げ出した。10年物の米国債の利回りが、数カ月来の水準まで高騰したのだ。

 確かに、利回り高騰の原因はほかにもあった。オバマ政権が共和党主導の議会と妥協して富裕層向け減税を延長し、財政赤字の増大を連想させたことが1つ。経済成長が加速しつつあるかもしれないという見方も一役買っただろう。

 だが私には、債券市場の反乱の大きな理由は、FRBの能力に対する幅広い不信感だったと思えてならない。FRBにはどこまでインフレが制御できるか聞かれたとき、バーナンキは「100%」と答えた。これも外れだ。

 誰もが従うべき格言はいろいろある。ギリシャ人の贈り物(トロイの木馬)に要注意。FRBとはけんかをするな。そしてもう1つ。経済を完全に制御できると言い切る金融当局者は信じるな。

[2010年12月22日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、イランのフーシ派支援に警告 国防長官「結果引き

ビジネス

消費者態度指数、5カ月連続マイナス 基調判断「弱含

ワールド

中国、欧州議会議員への制裁解除を決定

ワールド

エルサルバドルへの誤送還問題、トランプ氏「協議して
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中