最新記事

インターネット

ウィキを支えた無償投稿カルチャーの落日

ウィキペディアやブログの失速で見えてきた「ソーシャルメディア」の転換点

2010年9月30日(木)16時07分
トニー・ダコプル、アンジェラ・ウー

 2009年の春は、インターネットの歴史の一大転換点だったのかもしれない。オンライン百科事典ウィキペディアの勢いに、陰りが見え始めたのだ。

 03年に10万件だった記事数が現在は全言語版合計で1600万件を突破するなど、ウィキペディアは急成長を遂げてきた。しかし09年春、創設以来おそらく初めてのことが起きた。記事の執筆・事実確認・更新を無償で行うボランティア編集者の人数が大幅に減少したのだ。

 その後も記事の執筆・更新は振るわないままだと、ウィキペディアを運営する非営利団体ウィキメディア財団の広報担当者は認める。状況は「極めて深刻」だという。

 原因については、さまざまな仮説が唱えられている。ウィキペディアが百科事典としてほぼ完成したからだという説もある。一部のボランティア編集者のあまりに攻撃的な編集姿勢や、「荒らし」防止のための複雑過ぎるルールのせいで、気軽に参加できなくなったからだという説もある。

 このような説は、もっと根本的な人間の性質を見落としている。ほとんどの人間は、「ただ働き」なんてしたくないのだ。

「誰もが情報を発信できる」「大勢のアマチュアが協力すれば世界を変えられる」という理念には、多くの人が魅力を感じる。しかし仕事を終えて疲れて帰宅すれば、インターネットを通じて世界に貢献するよりは、かわいい子猫の動画を見たり、安い航空券を売っている業者を探したりしたい。

 その点は、ウィキペディア側もよく心得ている。今後展開していく新しい勧誘キャンペーンでは、オンライン上に人類の知識を集積することの崇高な意義だけを訴えるつもりはない。大学の授業の課題の一環として、学生にウィキペディアの執筆・編集に参加してもらおうと考えている。そのために既に、ジョージ・ワシントン大学やプリンストン大学などの8人の大学教授と合意を交わした。

ユーザーに広がる倦怠感

 一般のユーザーが情報を発信して主体的に関わる「ソーシャルメディア」は世界を変える可能性を秘めている、その変革のプロセスはまだ始まったばかりだ──テクノロジー系のジャーナリストはそう言い続けてきた。

 なるほど、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のフェースブックは、「幽霊会員」を除いても5億人のユーザーがいるという。オンライン写真共有サイトのフリッカーには、約40億枚の写真が投稿されている。動画投稿サイトのYouTubeの勢いもとどまるところを知らない。

 見落とせないのは、これらのサービスがユーザーに明確な恩恵を提供していることだ。時間と手間をかける代わりに、友達と手軽に連絡を取り合ったり、オンラインゲームを楽しんだり、赤ん坊の写真を親戚や友人に見せたり、ファッションモデルがステージから転げ落ちる動画を見たりできる。

 この条件を満たすものを別にすると、インターネットへのユーザーの主体的な参加を前提とするソーシャルメディアには、このところ元気がなく見えるものが多い。

 これまでは、インターネットが比較的新しいテクノロジーで、ユーザーがいわば集団的な熱狂状態にあった。そのおかげで、オンライン百科事典の記事を書くような作業が新鮮で、格好よくて、楽しいものに思えた。

 しかし今や、アメリカの全世帯の3分の2がインターネットに接続している時代だ。「共通の善」のために無償で奉仕するという発想はやや色あせて見え、ネット上の活動に参加することが退屈に感じられるようになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米連邦高裁、ポートランドへの州兵派遣認める判断 ト

ワールド

高市政権きょう発足へ、初の女性宰相 維新と連立

ワールド

アルゼンチン中銀、米財務省と200億ドルの通貨スワ

ビジネス

米国株式市場=大幅続伸、ダウ500ドル超値上がり 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 7
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    若者は「プーチンの死」を願う?...「白鳥よ踊れ」ロ…
  • 10
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中