最新記事

韓国艦を沈めた金正日の真意

北朝鮮 変化の胎動

強まる経済制裁の包囲網
指導者の後継選びは最終局面に

2010.09.17

ニューストピックス

韓国艦を沈めた金正日の真意

韓国哨戒艦沈没事件は黄海上の「境界線」周辺で南北が繰り返してきた危険なゲームの1つの事例にすぎない

2010年9月17日(金)12時06分
フレッド・カプラン

闘志満々 国連の対北朝鮮制裁を非難する集会で気勢を上げる北朝鮮の兵士たち(09年6月、平壌) KCNA-Reuters

 北朝鮮の仕業と断定された韓国の哨戒艦「天安」に対する魚雷攻撃が許されざる行為であることは間違いない。しかしこれは、唐突に起きた事件ではない。長年の積み重ねの結果として起きた事件だ。

 アメリカではあまり報道されていないが、韓国と北朝鮮の領海を隔てる黄海上の「北方限界線」(北朝鮮は認めていない)の周辺海域ではこの10年、南北の海軍の軍事衝突が頻繁に起きている。

 乗組員46人が死亡した3月26日の「天安」への攻撃は過去最大の被害をもたらしたが、この種の軍事衝突は初めてではない。軍事情報サイト「グローバルセキュリティー・ドットオルグ」によれば、99年以降に北方限界線の周辺で南北の艦艇が交戦した事例は10件以上。例えば99年6月には北朝鮮兵が少なくとも17人死亡し、02年6月には韓国兵6人が死亡、19人が負傷している。

 いつもパターンは同じだ。北朝鮮の哨戒艦が北方限界線を侵犯して南下し、韓国艦が無線で退去を命じる。北朝鮮側が返答しないので、韓国艦が警告のために砲撃する。この先は、双方ともその海域を離れることもあれば、対立がエスカレートすることもある。

 3月の事件も含めてほとんどの場合、北朝鮮側は限界線を越えていないと主張する。あるいは、中国の違法操業の漁船を追跡していて限界線を越えたと弁明するときもある(その主張が事実の場合もなかにはあるのだろう)。

 02年6月の軍事衝突の後は、対応が違った。北朝鮮は韓国と高官レベルの外交対話を継続し、この年に韓国で開催されたアジア競技大会に代表選手を派遣した。これらの行動は、北朝鮮による謝罪に相当すると解釈された。しかし今年3月の事件の後は元の行動パターンに戻り、国連が制裁を決めれば戦争に踏み切るとすごんでいる。

 これまでの黄海上での軍事衝突の中で北朝鮮指導部にとりわけ強烈な心理的打撃を与えたのは、99年6月と09年11月の2つの事件だったようだ。

 99年6月の交戦では、北朝鮮の艦艇が激しく損傷し、17人以上の兵士が死亡した。このとき自国の艦艇があっさり打ち負かされたことに、北朝鮮の政治指導者と軍指導者は大きなショックを受けたとされている。北朝鮮はそれまで何十年もの間、強大な軍事力を自慢し続けてきたからだ。

三男への禅譲の布石か

 09年11月には、北方限界線を越えた北朝鮮の哨戒艦に韓国艦が警告のために砲撃を行うと、北朝鮮艦が撃ち返したので、韓国艦が本格的に応戦した。これにより、北朝鮮艦は炎上し、大きな損傷を受けた(双方共に死傷者は報告されていない)。

 一部の専門家の推測によれば、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が今年3月の攻撃を計画した意図は、韓国政府と自国の軍指導部に対して「強さ」をアピールすることにあったのかもしれない。

 韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は、前政権と前々政権が推し進めた対北朝鮮融和路線「太陽政策」を既に放棄した。しかも、金は健康状態が良くないと考えられており、自身の後継者問題に頭を悩ませていると見なされている(金は三男のジョンウンに地位を譲りたいらしい)。権力継承を円滑に運ぶために、09年11月の屈辱を払拭し、自分の「力」を誇示する必要があると考えたのかもしれない。

 前の段落で「と考えられている」「らしい」「かもしれない」といった表現を用いていることに気付いただろうか。北朝鮮の平壌は世界で最も閉ざされた首都。外部の人間は誰も----アメリカや同盟国の情報機関も例外ではない----この国の政治の中枢で何が起きているのか詳しくは分かっていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

重大な関心持って注視=ICCによる逮捕状請求で林官

ワールド

ロシアのガス生産量、1─4月に8%増 石油は減少

ビジネス

為替円安、今の段階では「マイナス面が懸念される」=

ビジネス

AI集約型業種、生産性が急速に向上=PwCリポート
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 10

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中