コラム

ロス山火事で崩壊の危機、どうなるアメリカの火災保険

2025年01月15日(水)13時40分

多くの豪邸が焼失したロス近郊のパシフィック・パリセーズ David Ryder-REUTERS

<被害が大きかったパシフィック・パリセーズなどの火災保険金の支払いは天文学的な額に膨らむ>

今年1月7日に確認された南カリフォルニアの山火事は、ロサンゼルス郡などで拡大、特に同郡のパシフィック・パリセーズは甚大な被害を受けました。現時点では大規模な火災は鎮火したものの、まだ4箇所以上の地域で延焼が続いており油断のできない状況が続いています。現地13日の時点では少なくとも164平方キロの面積が焼けており、死者は25人、焼失家屋数は1万2000軒以上、避難者は20万人以上、という空前の大災害となっています。

特にほぼ全域が炎に包まれたパシフィック・パリセーズは、サンタモニカ海岸のすぐ西に位置した海岸沿いの高級住宅地です。多くの豪邸が立ち並び、調査会社のデータによれば約9000軒ある住宅の平均市場価格は310万ドル(約4億8700万円)であったそうです。その大半が焼失したことになります。


そこで問題になるのが保険の扱いです。まず、今回の被害に関する損失は、ほぼ100%保険でカバーされるはずです。アメリカでは、不動産ローンを借り入れる際には火災保険への加入が義務付けられているからです。住宅代金を全額手元の現金で購入するケースは少ないし、そうした人々も火災保険は購入している可能性が高いと考えると、例外はごく僅かであると考えられます。

ちなみに、アメリカの火災保険は損失がカバーされるだけでなく、避難期間から再建期間の住居費も補償されます。このため、被災地域の周辺ではかなり広域にわたって賃貸住宅の家賃相場が暴騰しており、当局が違法な値上げの摘発に躍起になっていたりします。

火災保険制度の今後が問題

一部には、被災地域は山火事被害の危険性が指摘されていたので、事前に保険契約をキャンセルさせられていたという報道もあります。これは事実であり、実際に1600例ほどが保険を切られていたようです。ですが、カリフォルニアの場合は、民間の保険会社が火災保険の付保を拒否した場合は「フェア」制度という公的保険に加入できる法律があります。無保険では住宅ローンを継続できないので、ほぼ全件が、この「フェア」に移行していたと考えられます。

ですから基本的に被災者は救済されます。ちなみに、アメリカの場合に毎年大きな被害の出る竜巻の場合も、火災保険の特約でほぼ100%被害が補償されます。但し、広域に被害の出る傾向のある水害の場合は民間の保険は効きません。そこでアメリカの場合は、連邦政府の管掌する洪水保険というのがあり任意加入となっています。

問題は、火災保険制度の今後です。今回の被災のほぼ100%が補償されるということは、火災保険金の支払いも天文学的な数字になります。各保険会社は、再保険(保険金支払いに備えた保険)に入っていますから最終的な負担は、再保険業界に回りますが、その負荷は甚大な規模になると言われています。また公的保険「フェア」も加入している被災者に払う保険金が大きな負担になるでしょう。

そうなると、民間の保険会社は益々この地域の火災保険から手を引くことになります。となれば公的保険「フェア」への移行が拡大し、次に大火災が起きた場合には「フェア」が破綻してしまうとか、税金を通じて補填することで州民の負担が拡大することになります。州政府など行政サイドは、とりあえず「山火事を契機とした民間保険の撤退」を1年間凍結、つまり「撤退を認めない」という措置を取りましたが、その後はどうなるか分かりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story