コラム

アフガン政権崩壊、2つの懸念

2021年08月18日(水)15時00分

首都カブールの街頭に立つタリバンの戦闘員 REUTERS

<在留外国人やアメリカへの協力者は無事に出国できるのか、また早々に新政権に接近する中国は何を画策しているのか>

8月15日~16日にかけて、アフガニスタンの首都カブールをタリバン勢力が制圧し、アメリカを中心とした国連や西側諸国が支援していたアフガニスタン共和国は事実上崩壊し、アフガニスタン・イスラム首長国の設立を宣言すると表明しました。

このニュースですが、これまでの経緯からすれば驚きはありません。まず、アメリカは長引くアフガン戦争を終結させるために、トランプ政権がタリバンとの和平を模索していました。そして、2020年の2月29日に、カタールのドーハにてアメリカ側代表とタリバンの間で、米軍撤退に関する合意が署名されました。

ちなみに、この署名式にはマイク・ポンペオ国務長官(当時)が臨席していました。従って、ポンペオとトランプは合意の当事者ですから、今回の撤兵を批判する資格はありません。

この合意はバイデン政権に引き継がれましたが、トランプが合意した2021年5月の撤兵という日程は延期されました。そして、6月にアフガニスタンのガニ大統領が米国を訪問、この時、バイデン大統領はガニ政権を今後も支えるとしていましたが、おそらくこの時点では既にガニ大統領の権力基盤は消えつつあったのでしょう。

続いて7月末には、タリバン幹部が訪中して、天津で王毅外相の歓迎を受けています。天津ということは、共産党幹部の夏の保養地である北戴河に近いので、もしかしたら秘密裏に常務委員クラスとの面会があったかもしれません。

アメリカの準備不足は明らか

その上で、8月に入ると北部を含むアフガンの州都が続々陥落しました。これも、タリバンが戦闘に勝ったのではなく、政治的に各州の代表がガニ政権に離反したと考えられます。その結果として今回のカブール陥落に至ったわけですが、この経緯には2つの懸念が残ります。

1つは、アメリカ側としてカブールからの米国人、外国人、米国への協力者などを整然と救出する体制ができておらず、混乱が明らかということです。

バイデン大統領は16日に会見を行い、20年間にわたってテロ抑止という目標は達成されたとした一方で、「国家再建は我々の目的ではなかった」と冷酷に言い放ちました。これは「非介入主義」、つまり左右を問わず「他国への介入はもうやめよう」という現在のアメリカの世論に支えられており、既にアメリカはこのニュースを消化しつつあります。

ですが、カブールの混乱、とりわけ空港の混乱を見るとアメリカ側の準備不足は明らかです。これは、おそらくアフガンの新政府樹立へ向けてガニ政権を見捨てた「権力委譲3人委員会」、つまりカルザイ元大統領、アブドラ元首相、ヘクマティヤール元首相の3人と、米国務省との間で実務的なチャンネルが遮断されていたのが理由と見るべきです。つまり、新しいアフガニスタンは、アメリカとの関係を絶つ覚悟をしている、そうした兆候という解釈が可能です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、第1四半期の利益が過去最高 フラン安や

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story