コラム

中国の李首相が英女王との面会を要求した理由とは?

2014年06月17日(火)12時32分

 中国の李克強首相がイギリスを訪問しています。これに先立って、中国サイドから李首相のエリザベス女王との面会要求があり、「応じないなら訪問を中止する」という圧力を加えていたという報道がありました。

 この「事件」ですが、色々な解説がされているようです。例えば、そのイギリスのキャメロン首相が、2012年にチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と会談したことに対して、中国当局は報復としてキャメロン首相が訪中した際に、李首相が「会食をキャンセル」するという嫌がらせをしていたとか、その流れで、今回もキャメロン首相に対して圧力をかけようとしているといった報道もあります。

 また、最近では国家元首ではないドイツのメルケル首相が女王に面会しているという例があり、メルケル氏が面会できるのなら、李首相も面会できるだろうという「メンツの問題」があるという説もあります。

 ですが、私は少し違う見方をしています。というのは、似たような事件があったからです。

 それは2009年の事件です。中国政府は習近平副主席(当時)の訪日に際して天皇陛下との会見を求めていました。日本の外務省は中国政府に対して早く申請を行うよう促したのですが、慣例とされていた30日前までの申請はされませんでした。

 ですが、最終的に中国からは直前に要請があり、例外的な対応として天皇陛下は習近平氏との会見を行っています。この際に、例外的な対応に難色を示した羽毛田宮内庁長官(当時)と、中国の意向を汲んだ鳩山由紀夫首相、小沢一郎民主党幹事長(いずれも当時)との間に対立があったと報じられました。

 この2つの事件は類似しています。いずれも、外交慣例にやや反するようにして「国家元首格でない中国の政治家が、外国の国家元首格の君主に対して面会をするように、ゴリ押し的な要請」をしているということが共通しています。

 では、中国という国はそのような「恫喝的な外交」で外交面でのパワーを見せつける、そのような行動を「一貫した国家意志」としているのでしょうか? また、そのような「振る舞い」が中国の外交力を高めると信じているのでしょうか?

 私はそうは思いません。

 では、どうして「ゴリ押し」的な外交が目立つのでしょうか? そこには2つの要素があると思います。

 1つは、何らかの派閥的な「内部の政治力学」が動いている、そんな匂いがします。例えば、李克強首相の場合は、共産主義青年団という派閥の出身であるとされます。仮にその共青団のメンバーが、外交の実務レベルにいたとして、李首相が「私でもエリザベス女王に面会できるだろうか?」と尋ねたとします。そうした場合には、派閥のボスに忠誠を誓うということが、担当者に取っては国益よりも、省益よりも優先する、そんな心理が働いて、外から見れば「ゴリ押し」という行動になるのかもしれません。

 2009年の習近平氏の日本に対する対応も同様です。「自分はまだ次期主席という存在だが、ここで日本の天皇に面会しておけばハクが付くというのは本当か?」と習氏が尋ねたところ、出身派閥である太子党の外務官僚が「ここぞ」とばかりに思い切り「頑張ってしまった」ということなのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

メキシコ司法改革案、上院審議が一時中断 デモ隊が議

ワールド

米メキシコ湾石油生産の一部停止、「フランシーヌ」勢

ビジネス

イエレン米財務長官がコロナ陽性、自宅で公務継続

ビジネス

M&A・IPO、年内はトレンド下回る 来年活発化=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    クルスク州「重要な補給路」がHIMARASのターゲットに...ロシアの浮橋が「跡形もなく」破壊される瞬間
  • 2
    非喫煙者も「喫煙所が足りない」と思っていた──喫煙所不足が招く「マナー違反」
  • 3
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 4
    運河に浮かぶのは「人間の手」? 通報を受けた警官…
  • 5
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンシ…
  • 6
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 7
    トランプの勝利確率は6割超、世論調査では見えない「…
  • 8
    【クイズ】世界で最も競技人口が多いスポーツは?
  • 9
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 10
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
  • 4
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 5
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 6
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 7
    「私ならその車を売る」「燃やすなら今」修理から戻…
  • 8
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 9
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 10
    世界最低レベルの出生率に悩む韓国...フィリピンから…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 10
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story