コラム

安倍首相はダボスで何を言ったのか?

2014年01月28日(火)10時59分

 内容は3点ありました。まず1点目の「アベノミクス第三の矢」に関しては、金融緩和と公共事業に加えた「第三の矢」として規制緩和が必要だという論点が明確にされていたのは良かったと思います。ですが、内容は「解雇と雇用をフレキシブルにする。但し抵抗勢力の反対が強い」という言い方に終始しており、何をどうやるのかについては曖昧なままでした。結果として、日本は「確かに改革を進めることができるのか?」という点に関して、余り力強い印象を与える内容にはなっていませんでした。

 それはともかく、問題は2点目と3点目です。まず2点目ですが、中国との緊張に関してザカリアは安倍首相に対して「習近平政権は特に拡張主義だと思うか?」という質問をしたのですが、これに対して安倍首相は「そうは思わない。過去20年間にわたって中国は拡張を続けた」と述べたのです。勿論、習近平政権を名指して「特に拡張主義だ」とするのも外交上は下策と思いますが、過去20年ずっと拡張主義だったというのでは、江沢民時代以降は全部ダメということになり、現在の長老などは全員「拡張主義」ということになってしまいます。

 現時点では、日中が「危機管理のホットライン」をどう構築するかという点に世界が注目しているのですが、これでは、無条件で敵視し警戒していると言っているのに等しいわけです。この発言は、ダボスでの姿勢と結びつくことで、結局は「危機管理のホットラインを日本は作る気がないのではないか?」という誤った印象を国際社会に与えることになります。そうすれば、危機をエスカレートさせているのは、中国ではなく「安倍首相個人」であり、彼こそが「トラブルメーカー」なのだという中国やロイター通信の主張を勢いづかせてしまうでしょう。

 さて、安倍首相のCNNインタビューで最大の問題は3番目の「イルカ問題」です。首相はここで「イルカ追い込み漁」を行っている和歌山県太地町の立場を「弁護」しました。この「イルカ」問題ですが、基本的にはキャロライン・ケネディ大使のツイートがきっかけになっているわけです。この問題に関して、ケネディ大使が大使の立場でツイートをしたのは事実ですが、ニューヨークのリベラル社交界にいた「知識人」としては「全くもって想定内」の行動であり、基本的には「スルー」するのが上策です。

 ちなみに、この問題に関しては小野洋子(ヨーコ・オノ)さんが、英ガーディアン紙にメッセージを寄せています。

"It will give an excuse for big countries and their children in China, India and Russia to speak ill of Japan when we should be communicating our strong love for peace, not violence."「日本は暴力を志向するのではなく、平和への強い愛を持った国だというメッセージ発信を続けることが必要なこの時期に、(イルカの追い込み漁を続行することは)中国やインドやロシアなどの大国や、その子どもたちに、日本を悪く言う口実を与えてしまう。」

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:長短金利差の拡大取引、日米欧で再開か 財

ワールド

ドイツ輸出、8月前月比-0.5% 関税で米国向け減

ワールド

9月工作機械受注は前年比9.9%増、3カ月連続プラ

ワールド

米株市場、向こう半年─2年に大幅調整リスク JPモ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ「過激派」から「精鋭」へと変わったのか?
  • 3
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示す新たなグレーゾーン戦略
  • 4
    ヒゲワシの巣で「貴重なお宝」を次々発見...700年前…
  • 5
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 6
    インフレで4割が「貯蓄ゼロ」、ゴールドマン・サック…
  • 7
    【クイズ】イタリアではない?...世界で最も「ニンニ…
  • 8
    「それって、死体?...」新婚旅行中の男性のビデオに…
  • 9
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 10
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 8
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 9
    更年期を快適に──筋トレで得られる心と体の4大効果
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story