コラム

ロムニー候補の政策、3つの懸念

2012年09月07日(金)09時40分

 共和党大会に続いて民主党大会も終わり、大統領選は佳境に差し掛かりました。現時点では、様々な世論調査結果は互角、ということはロムニー政権が誕生する可能性について、ある程度は心の準備が必要ということになります。

 私は、特に日本の利害ということから考えた時に、「ロムニー政権」の政策には3つの懸念を念頭に置いています。

 1つは、通貨政策です。「強いドル」への志向というのは歴代の共和党政権に一貫して見られるのは確かですが、ロムニーの場合は特にそうした方向性が感じられます。例えば、連銀のバーナンキ議長の流動性供給を激しく批判しているばかりか、同議長については再任しないと公言しているのです。

 それどころか、どこまで本気かは分かりませんが金本位制などということも言っています。これは「その位のつもりで引き締めを行う」という程度の話かもしれませんが、私は危険性を感じます。というのは欧州の危機がまだまだ楽観を許さない中で、ドルの供給が絞られると同時に、ドル建てで行われて来た資金供給の負債評価がドル高になれば、欧州の金融機関には大変な負担になるからです。

 日本にとっては、確かに円安ドル高になれば、輸出産業は持ち直すかもしれませんが、例えばファンダメンタルズに関する諸改革の進まない中で、「日銀改革」だけが実現してしまい、円の思い切った緩和政策が走り出したとして、それにロムニーのドル高が重なった場合には、円の暴落シナリオということもあり得るわけです。その際に、エネルギー源多様化のコンセンサスがなく、依然として化石燃料への過度の依存が続いていたら、事態は破滅的になるわけで、この辺りの問題に関しては危機感が必要と思います。

 第2の問題は、金融以外に産業の柱が見えないことです。アメリカの歴代の政権は、例えばクリントンのITとか、ブッシュの製薬、軍需、住宅関連であるとか、あるいはオバマのエネルギーとかエコカーのように、実業の分野でのテーマ性を持っていました。

 ですが、ロムニーにはそうした方向性が感じられないのです。あくまで投資家の視点からリターンを最大化する、この観点が中心になりそうです。そうなると、日本に対しては金融業や投資に関しては、門戸開放を迫り、そうした改革が進まないようであれば、平気で無視をする、具体的には中国とのビジネスにどんどん注力するという、「日本外し」の傾向が心配されます。

 3つ目は、その外交です。従来は日本の永田町も霞が関もアメリカは共和党政権の方がスムーズに行くというのが常識でした。ですが、ロムニーの場合は、経済的な観点から日本を重視しなくなる危険に加えて、日本とは部分的に利害相反の関係にある、中国やロシアとは蜜月状態になってゆく可能性を感じるのです。

 この点に関しては、もう少し詳しい政権構想が出てから改めて議論したいと思いますが、相当に警戒する必要を感じます。

 逆に、現在のオバマ=ヒラリー外交というものは、安定的な日米関係を重視するという点で、もっと評価されてもいいと思うのです。少なくとも、今週ヒラリー・クリントン国務長官は、北京を訪問して、尖閣諸島の問題で、改めて日米安保の対象だという立場で談判をしているのです。

 尖閣に関しては、ヒラリーのような「理屈っぽい」女性に、オスプレイのような「おっかない」マシンで守ってもらっても「ちっとも嬉しくない」というセンチメントがあるのかもしれません。ですが、このヒラリー訪中のニュースが尖閣との絡みでは、全く報道されないというのは、やはり不自然に思います。

 それはともかく、今回の大統領選に関しては、経済という点でも、外交という観点でも、日本にとっては現職再選による継続性の方にメリットがあるように思われます。逆に、ロムニー政権誕生ということになった場合には、相当に強い調子で日本の利害を主張すべきではと思うのです。

(追記)前回お話した、ハーバード大学での試験不正(?)事件ですが、第1報にあった「数学」という情報は誤りで、「議会制度入門」というコースであったようです。そのために、採点の背景に政治的な立場が絡んでいるとか、学内政治が絡んでいるとか色々な憶測も飛び交う中で、混乱はまだまだ続いているようです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国テンセント、第1四半期は予想上回る6%増収 広

ワールド

ロシア大統領府人事、プーチン氏側近パトルシェフ氏を

ビジネス

米4月卸売物価、前月比+0.5%で予想以上に加速 

ビジネス

米関税引き上げ、中国が強い不満表明 「断固とした措
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 7

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story