アフガニスタン難民の苦難の道のりをアニメーションで描く『FLEE フリー』
過去の呪縛をリアルに描き出していく
ヨナスはそんなアリの視点に心を動かされたに違いない。ユダヤ系である彼の祖先は、迫害や虐殺を逃れるためにロシアを離れ、デンマークに渡り、さらにドイツやイギリスへと転居を繰り返すことになったからだ。そして本作では、その視点をアミンに当てはめ、単に過去に起きたことを再現するのではなく、過去がどのようにアミンを呪縛してきたのかをリアルに描き出していく。
かつてひとりでデンマークへと亡命したアミンは、30代半ばとなり研究者として成功を収め、ゲイであるために抑圧されることもなく、恋人の男性と結婚しようとしている。だが彼には、恋人にも話していない、20年以上も抱え続けてきた秘密があった。そんなアミンは、親友の映画監督とドキュメンタリーを作り、カメラの前で自分をさらけ出すことで、過去と折り合いをつけようとする。
本作では、アミンと監督の間で断続的にインタビューが行われていくが、導入部に見逃せないエピソードがある。
監督に指示されて、アミンは横たわり、目をつむり、できるだけ古い記憶を思い出そうとする。彼の脳裏に、平気で姉の服を着て、ヘッドホンで音楽を聴きながらカブールの街を駆けまわる少年の姿が浮かび上がる。しかし、彼の父親の話題を振られると、なにも語れなくなり、撮影はストップする。
それから次のインタビューまでに、あるエピソードが盛り込まれる。アミンが思い出の品を詰めた箱からノートを取り出し、デンマークに着いてから書き留めたと説明する。そして、もうダリー語はうまく読めないと言いつつ、その一部を朗読する。それはこんな内容だ。
「ムジャヒディンがアフガニスタンで権力を握り、"僕の姉が誘拐され、父母と兄が殺されました。もし国を出なかったら僕もきっと殺されてしまったと思います"」
そこには、最初のインタビューで語られなかった父親の運命も明らかにされていることになる。ところが、次のインタビューで、アミンが父親のことを語ると、違う事実が浮かび上がる。父親は、ムジャヒディンが権力を握る前の共産主義政府によって"脅威"とみなされ、検挙されて行方不明になった。
さらにその後のインタビューでも、残りの家族がムジャヒディンに殺されたのではなく、カブールが制圧される直前に、ロシアに脱出し、モスクワで厳しい生活を送るようになったことが明らかになる。
不法滞在者となった一家は、弱みに付け込む警官や悪質な密入国業者に翻弄され、地獄のような苦しみを味わう。ヨナスは、過去を忠実に再現するカラーアニメーションと悪夢を思わせる抽象的なモノトーンのアニメーションを使い分け、さらにアーカイブ映像を挿入することで、アミンの記憶や複雑な感情をリアルに再現している。
結局、アミンはそうした苦難のなかで、自分や家族のために過去を偽って生きなければならなくなった。だから恋人のことも心から受け入れることができない。本作では、いまも過去に呪縛されているアミンが、本当の記憶を取り戻すことで解放されていく姿が鮮やかに描き出されている。
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