コラム

オバマ政権への期待を裏切られた愛国者「スノーデン」を描く

2017年01月25日(水)16時30分

オバマ政権に期待して、告発を思いとどまったが

 スノーデンが、その後もテロ防止という目的を逸脱した大量監視の実態を目の当たりにしながら、告発を思い留まっていたのは、新たに誕生したオバマ政権に期待したからだった。この映画を観ると、その期待には、恋人の影響もあったように思える。愛国者のスノーデンに対して、ミルズはリベラルであり、オバマを熱烈に支持していたからだ。しかし、政権が変わっても大量監視は拡大の一途をたどり、スノーデンは自分も監視の対象となり、彼女との私生活が記録されていると確信するようになる。

 そんなドラマは、スノーデンの告発の動機や背景を明らかにするだけでなく、いま振り返ることで別な意味も持つ。スノーデン以後を検証したデイヴィッド・ライアン『スノーデン・ショック――民主主義にひそむ監視の脅威』には、以下のような記述がある。


 「(前略)あれほど衝撃的なスノーデンの暴露ですら、人々を改善に向けた行動へと一斉に向かわせるには至っていないようだ。確かに、NSAの大量監視の被害者になった人物というぴったりの事例を挙げることは困難で、せいぜいできることは政治的抑圧の危険性の拡大を挙げることくらいだ。暗黙の前提は、『ここでは起き得ない!』ということだ」

 そしてもうひとつ、実話にフィクションも織り交ぜた劇映画としてのアプローチにも注目しておきたい。この映画の登場人物の配置からは、特にストーンの初期作品を想起させるような図式が浮かび上がる。『プラトーン』の主人公クリスは、善と悪を象徴するようなエリアスとバーンズというふたりの軍曹を通して、戦場の現実と向き合う。『ウォール街』の主人公バドは、欲望と勤勉を象徴するゲッコーと父親の間でモラルを問われ、葛藤を強いられる。

 この映画でも、CIA訓練センターで学ぶスノーデンの前に、オブライアンとフォレスターというふたりの教官が現われ、その後のスノーデンに影響を及ぼしていく。オブライアンは、国民の自由よりも安全を優先し、秩序を維持するためには手段を選ばない。その存在は、ジョージ・オーウェルの『1984年』に登場する党内局員オブライエンを連想させる。一方、オタクなエンジニアでもあるフォレスターは、広範な監視活動に懸念を示したために窓際に追いやられている。その人物像は、スノーデン以前に、組織の内部で改善を求めようとして排除されたウィリアム・ビニーら3人の告発者を連想させる。

 スノーデンはそんなふたりの人物の間で揺れ、煩悶し、一線を越える決断を下す。この映画は、事実に基づく物語であると同時に、ストーン流のビルドゥングスロマンと見ることもできる。


《参照/引用文献》
『暴露――スノーデンが私に託したファイル』グレン・グリーンウォルド 田口俊樹・濱野大道・武藤陽生訳(新潮社、2014年)
『スノーデンファイル――地球上で最も追われている男の真実』ルーク・ハーディング三木俊哉訳(日経BP社、2014年)
『スノーデン・ショック――民主主義にひそむ監視の脅威』デイヴィッド・ライアン 田島泰彦・大塚一美・新津久美子訳(岩波書店、2016年)

『スノーデン』
公開:2017年1月27日(金)より、TOHOシネマズ みゆき座ほか全国ロードショー
配給:ショウゲート
(c)2016 SACHA, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス

ワールド

米英外相、ハマスにガザ停戦案合意呼びかけ 「正しい
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story