コラム

「獲得感」なき「獲得感」――官製流行語が示す中国格差社会

2016年04月25日(月)16時16分

 このほかにトップ10に入ったもので、「顔値」というものがあるが、これは「あなたの外見ポイント(イケメン度)はいくら」という意味で、「外見ポイント暴落(顔值暴跌)」とか「外見ポイントが高い(顔值很高)」などと言ったりする。日本のアニメなどで使われる「顔面偏差値」からの変形との説もあり、まさに「民製流行語」であろう。

 一方、獲得感は、その発生源からして違う。国家主席の習近平氏が、2015年2月27日、中央全面深化改革領導小組第十回会議で、「改革の方法について、金の含有量を十分に示し、人民の群衆にもっと多くの獲得感を持つようにしなくてはならない」と語り、その口火を切った。「金の含有量」とは、「実際に手にする儲け」のようなニュアンスである。「官製流行語」とは、このようにたいてい指導者や政府や意図的に広めようとして使い始め、メディアが繰り返し引用し、やがて民間レベルに普及するというプロセスをたどる。

中国での解釈によれば、獲得感と幸福感の違いは、現実において何らかの利益があるかないかの違いに基づくという。幸福感は生活が安定したり、家庭が円満だったりすることによるものだが、獲得感は何か具体的なものが手に入ることから生まれる。幸福感のように中身があいまいではなく、得たものの価値を実際に量れるもので、新しい消費や生活の改善にも結びつくものだという。

【参考記事】「農村=貧困」では本当の中国を理解できない

 指導部の言いたいことは分かる。改革の「紅利(メリット)」が国民すべての層に行き渡るように、ということを実現したいのだ。その指し示すものは、絶望的なほどの貧富の格差、持つ者と持たざる者の不平等が蔓延するなかで、「私も何かを手にしている」と人民に感じてもらわないと、改革開放の正統性、共産党指導の正統性が、疑われてしまうことを恐れているのである。

 獲得感という言葉が「官製流行語」の限界を超えてもし中国社会に広がるとすれば、それは、富の分配に共産党指導部が成功した、ということになる。逆に広がらなければ、それは問題が解決していないということと同等であろう。そして実際のところ、現状では獲得感という言葉は人民の支持をそこまで「獲得」していないので「獲得感なき獲得感」になっていると言えよう。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

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