コラム

原発処理水「中国の過剰反応」は怒っても無駄、あきらめるしかない

2023年08月28日(月)13時14分

香港で福島第一原発の処理水排出に抗議する人たち(8月24日)Tyrone SiuーREUTERS

<福島第一原発の処理水排出に中国が激怒している。「人類全体に対する罪」という一方的なニュースを洪水のように浴びている中国人が、「汚染水怖い! 日本ひどい!」と思うのはある意味無理からぬことだが、では日本はそんな中国にどう対処すればいいか>

福島第一原発の処理水放出について、中国が猛反発をしている。海産物の完全禁輸に続き、加工品についても使用を禁じた。公明党の山口那津男代表の訪中も、中国側の意向により延期となった。なぜこれほど激しく反発するのか、考えてみたい。

まず大前提として、ウクライナ戦争の勃発以降、中立〜ロシア寄りの立場を取っている中国は日本を含む西側諸国との間で距離(対立と言っても良いかもしれない)を広げている。

最近では麻生太郎氏の台湾訪問、日米韓の首脳会談による安全保障の強化など、中国政府が日本を警戒する出来事は断続的に発生しており、少なくともウクライナ戦争終結まで、この流れは変わらないだろう。中国にとって日本は安全保障の観点から見れば、アメリカに付随している「警戒対象国家」である。控めに言っても、「友好国」とは見られていない。

そんな国がメルトダウンの事故処理に使った水を太平洋に流すと聞いたら、ここぞとばかりに牽制するのは当然と言える。

中国政府にとっての最善手

また、中国経済は目下急速に悪化していると聞く。都市部の16~24歳の失業率は過去最悪の21.3%を記録し、不動産大手の恒大集団は米国で破産を申請。個人消費も鈍化している。

私は7月に上海を訪れたが、中国人の知り合いの一人は「景気は悪い」と断言し、「若者の将来が心配」と語っていた。あまり良くないとか微妙といった曖昧な言い方ではなく、ズバリ「悪い」と言い切っていたのが印象に残った。中国国内に渦巻く将来への不安感は、改革開放以来最悪、と言っても過言ではないはずだ。

国内の不満や内部矛盾を外交に転化させ、国民の危機意識を煽るというのは、どの国でも起こり得る常套手段だが、ことに中国では顕著に見受けられる。

さらに、日本に対する「外交カード」として長年機能していた歴史問題や領土問題が、近年あまり通用しなくなったとの指摘もある。確かに、それぞれ議論は出尽くした感があり、相手を説得させることはほぼ不可能と多くの人が感じているだろう(双方の国民とも)。靖国問題にしても2013年以降は首相の参拝は途絶えており、大きな火種にはなっていない。

米中対立、国内経済の悪化、歴史カードの効果減退......、といったところに汚染水が出てきた。

中国政府からして見れば、この状況で「中国人民のみなさん、日本の処理水は安全ですよ。心配には及ませんよ」などと宣伝してやる義理もなければメリットもない。

国民にはガタガタの国内経済から目を背けて欲しいだろうし、日本への警戒心も怠って欲しくない。爆買いからコロナ禍までの2010年台後半、訪日中国人の間では「日本人はみんな親切で良い思い出ができた」などと日本への肯定的な言説が明らかに増加していたが、こうしたムードを沈静化させる狙いもあったに違いない。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story