コラム

パリ五輪と米大統領選の影で「ウ中接近」が進む理由

2024年07月30日(火)12時30分

焦点は"国土の不可分"

ただし、実際にロシアに働きかけられるのが中国だけとしても、中国が仲介役をこなせるかは話が別だ。

その最大のハードルは2014年以降にロシアによって編入されたクリミア半島、東部のドネツクやルハンスクの取り扱いにある。

これらの土地はロシアによる実効支配のもとで住民投票が行われ、"独立"が多数を占めた。住民自身がロシア編入を望んだのだから、すでにウクライナ領ではない、というのがロシアの立場だ。

ロシアは2022年以降、しばしばウクライナに停戦交渉を呼びかけてきたが、この一点を譲る様子はない。

これに対して、ウクライナ側は住民投票自体が違法と主張しており、ロシアの実効支配からこれらの土地を奪還したい。だからこそ、ウクライナは停戦交渉そのものに難色を示してきたのだ。

ウクライナとロシアの停戦交渉が実現しても、この問題が最大の難所になると予想される。先進国はウクライナの言い分を支持しており、スイスの支援国会合でも"国土の不可分"が強調された。

ところが、中国はクリミア半島やドネツクのロシア編入を支持していないものの、ブラジルと共同発表した停戦交渉に関する提案では、この問題について触れていない。

その一つの理由は、中国の外交方針にあるとみてよい。

1971年の国連総会で「中華人民共和国が国連における中国代表権をもつ」と決議されたとき、それを支持したのはほとんどが途上国だった。このように冷戦時代から中国は、新興国・途上国に国際的な足場を求めてきた。

アメリカなど先進国の呼びかけにも関わらず、新興国・途上国の多くはロシア制裁に消極的だが、そのほとんどはロシアの軍事活動や編入を支持しているわけではない。だからこそ、中国にしてみれば、新興国・途上国で受け入れられにくい部分でまでロシアに付き合うことのリスクは大きい。

かといって、中国がロシアに「ウクライナに土地を返せ」といえるかは疑問だ。とすると、たとえ中国が仲介役になっても、ウクライナとロシアの停戦協議がスムーズにいくとは限らない。

それでも停戦協議をスタートさせられる条件が最も揃っているのが中国であることも確かだ。そのこと自体、"徹底抗戦"を後押ししてきたアメリカはじめ先進国にとっては都合が悪いことなのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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