コラム

「エコテロリスト」とは誰か──過激化する環境活動家とその取り締まりの限界

2023年09月29日(金)14時05分

この問題に関しては、国連の専門家会議も「警察がゴム弾や催涙ガスを使用するなど過度な取り締まりを行ったことが衝突を加熱させた」と指摘し、フランス政府による判断に懸念を示している。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチも同様の指摘をしている。

過大評価も過小評価もできない

ネブラスカ・オマハ大学のエリザベス・チェレキ教授は「環境活動家に'テロリスト'のラベルを貼ることは政府にとって便利な近道だ。彼らの動機づけや懸念を考慮しないまま、犯罪者として逮捕できるからだ」と指摘する。

この視点からすれば、フランス政府は政府に批判的なグループをテロリストにすることで取り締まり、結果的にマクロン政権の温暖化対策の遅れをカモフラージュしたことになる。

裁判所命令を受けて、フランス政府による「解散命令」は宙ぶらりんのままである。

ただし、環境過激派のリスクを過大評価するべきでないとしても、過小評価するべきでもない。

先述のチェレキ教授は「環境活動家が過激化する様子は、テロが生まれる典型的なパターン」とも指摘する。

ほとんどのテロは政治に無視され、社会的に封じ込められるなか、暴力的な反動として登場しており、このままではエコテロリズムが本格化する可能性がある、というのだ。

実際、中東でイスラーム過激派によるテロが急速に増えたのは1990年代だが、これは湾岸戦争(1991年)をきっかけに市民レベルで反米世論が噴き上がるなか、中東各国のほとんどの政府が外交的判断を優先させてアメリカに協力的な態度を示し、むしろイスラームの大義を掲げる集団が弾圧されたことを背景とした。

欧米で外国人や有色人種を標的とする極右テロが急増したのは2000年代末頃からだが、これは2008年のリーマンショックでグローバルな金融・経済に大きな問題があることが判明したにもかかわらず、各国が基本的に既定路線を維持し、それ以前から格差などに直面し、反グローバル化を訴えていたグループが黙殺された時期に符合する。

この視点からみれば、チェレキ教授の指摘は相応の説得力がある。

(筆者自身を含めて)ほとんどの人は自分の生活を優先しがちだ。地球温暖化が重大な問題だと思っていても、そのために道路封鎖をする団体を積極的に支持する人は多くないだろう。

さらに、経済状況やエネルギー事情を考えれば、現状を上回るペースで地球温暖化対策を進めることは不可能に近い。

つまり、ラスト・ジェネレーションなどの社会的認知が高まる見込みも、その要求が実現する見込みも、限りなく乏しい。

こうした状況のもと、便利な「テロリスト」の語だけが定着すれば、環境過激派の疎外感が強まり、ますます先鋭化させかねない。それは本物のテロリストを引き寄せる転機にもなり得るのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ハーバード大の免税資格剥奪を再表明 民

ビジネス

米製造業新規受注、3月は前月比4.3%増 民間航空

ワールド

中国、フェンタニル対策検討 米との貿易交渉開始へ手

ワールド

米国務長官、独政党AfD「過激派」指定を非難 方針
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story