コラム

日本はTICAD7テコに中国から対アフリカ融資を取り戻せるか

2019年09月03日(火)17時15分

もっとも、こうした手法が日本政府の期待ほど成果をあげるかは不透明だ。そこには大きく2つの理由がある。

第一に、先述のように、IMFや世界銀行の融資の条件が厳しいため、多くの国が二の足を踏みやすいことだ。

さらに、IMFや世界銀行は1980年代、今の中国に先立ってアフリカで過剰な貸付を行い、各国を債務地獄に陥れた「前科」をもつ。しかもその際、IMFや世界銀行は融資をテコに各国の経済政策にまで介入した。これらの借金は後に減免されたが、少なくともアフリカ諸国からみてIMFや世界銀行への警戒心は強い。

そのうえ、アフリカ各国の政府は汚職が激しく、責任あるポストの人間が国家の将来より中国企業からのワイロを優先させても、取り締まりには限界がある。

そのため、日本の働きかけだけで、アフリカ諸国が雪崩を打ってIMFや世界銀行に駆け込むことは想定しにくい。

アップデート・レースの行方

第二に、中国が黙っていると思えないことだ。

中国政府はこれまで状況に応じて手法をアップデートしながらアフリカに進出してきた。中国企業の進出が雇用を生まないと批判されれば現地人の雇用枠を増やし、経済や資源だけに目を向けていると批判されれば国連の平和維持活動や無償援助も増やしてきた。

中国にとってアフリカは重要な足場であり、企業はともかく中国政府はそこでの悪評を避けようとする傾向が強く、これまでも二国間の協議で各国の債務を部分的に放棄してきた(結果的には無償で援助したことになる)。

そのため、今後アフリカ諸国がIMFや世界銀行に支援の要請をする動きが広がれば広がるほど、中国は債務返済の免除を増やすことも想定される。そのうえ、中国は出資額を増やすことによってIMFや世界銀行での影響力を大きくしている。

こうしてみたとき、日本政府の外交的メッセージはアフリカ各国の債務負担を減らす一つのきっかけになるかもしれないが、それだけで中国の圧倒的なプレゼンスが揺らぐことは想定しにくい。

むしろ、中国政府へのプレッシャーはそのアップデートを促すきっかけにもなり得る。その場合、アフリカにおけるビハインドを多少なりとも挽回しようとするなら、日本もアプローチをアップデートし続けるしかない。TICAD7での「中国封じ」は、今後も続くであろう「日中冷戦」の一里塚に過ぎないとみた方がよいだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

20190910issue_cover200.jpg
※9月10日号(9月3日発売)は、「プーチン2020」特集。領土問題で日本をあしらうプーチン。来年に迫った米大統領選にも「アジトプロップ」作戦を仕掛けようとしている。「プーチン永久政権」の次なる標的と世界戦略は? プーチンvs.アメリカの最前線を追う。


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トヨタ・マツダ・ホンダ・ヤマハ発・スズキ、型式指定

ワールド

メキシコ、初の女性大統領誕生へ 与党シェインバウム

ワールド

インドネシアCPI、5月は前年比+2.84%に鈍化

ビジネス

アングル:出遅れ鮮明の消費関連株、賃上げ・減税効果
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...すごすぎる日焼けあとが「痛そう」「ひどい」と話題に

  • 4

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 5

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 6

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「…

  • 7

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...…

  • 8

    「娘を見て!」「ひどい母親」 ケリー・ピケ、自分の…

  • 9

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 10

    中国海外留学生「借金踏み倒し=愛国活動」のありえ…

  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 4

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story