コラム

植田総裁の「チャレンジング」発言の真意

2023年12月12日(火)12時55分
日銀・植田総裁

日銀・植田総裁の発言の真意とは...... REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<植田総裁の「年末から来年かけて一段とチャレンジングになる」という発言で、12月にも金融政策決定会合で政策変更が行われる、との見方が強まったことがきっかけで大きくドル高円安が進んだが......>

ドル円は12月7日に、一時1ドル147円付近から142円付近まで大きくドル高円安が進む局面があった。同日に伝わった植田総裁による、「年末から来年かけて一段とチャレンジングになる」という発言で、12月にも金融政策決定会合で政策変更が行われる、との見方が強まったことがきっかけである。日本の10年国債金利も同日0.6%台から0.7%台半ばに大きく上昇、その後高止まっている。

この植田総裁の発言があった直後は、ドル円の動きは限定的だった。その後、一部メディアにおいて、「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」は早々の政策変更を示唆する発言、と報じられた。日本時間の午後になってから、外国人投資家がこうした報道に大きく反応してドル高円安が進んだ。


植田総裁の発言は、メディアに拡大解釈された可能性

この発言は、予算委員会での国会議員からの質問に対する、植田総裁による回答だった。このやり取り時には金融政策の判断がテーマにはなっておらず、メディアに対する情報管理を含めた政策運営に対する所見を問われ、植田総裁が考えを述べた際の発言だった。植田総裁の真意は本人ではないと分からないが、発言前の質疑の経緯や、「チャレンジング」という言葉を異なる文脈で使っていたことを踏まえると、「チャレンジングになる」というのは金融政策変更を意図していない可能性がありえる。であれば、植田総裁の発言は、メディアの伝えられ方で、拡大解釈されたことになる。

筆者自身は、次の日本銀行の政策対応は、マイナス金利をゼロ金利に修正すると同時にYCCのフレームワークを見直し、だと想定している。この判断が行われるタイミングは、早ければ、春闘賃上げ率の状況が大方判明する24年4月(あるいは3月)とみている。これまでの植田総裁らの説明との整合性を踏まえると、24年度に賃上げがインフレ上昇を支える経路がしっかり働いていることが、政策変更の理由になりそうだからである。賃上げに関する情報が一部大企業に限られる来年1月時点において、マイナス金利を含めた政策変更に踏み出す可能性は高くない、のではないか。

為替市場の反応は、12月時点での日本銀行の政策変更まで意識したとみられ、やや行き過ぎだったようにみえる。ただ、今後のドル円を考える上で、日米の金融政策がドル円の動きに影響する可能性が高い事を、12月7日の大きな値動きは示していると言えるだろう。

円安は、2024年にはある程度修正される、と考える

10月時点で、1ドル150円台に円安が進んだ中で、「円安に歯止めがきかない」との論者の声が目立った。ただ、そうした見方の多くは、日本や米国の金融政策の方向性という変数を、考慮しないあるいは軽視されていたようにみえる。特に、「通貨安は国の貧しさの象徴」との思いが強い方、あるいは金融緩和に批判的な考えを持っている方ほど、「円安は止まらない」という情緒的な見方をされていたようにみえる。

実際には、購買力平価対比でみて既に1970年代以来の円安が進んでいる。22年半ばから円安の半分程度は、これまでの日本銀行による意図的な金融緩和の長期化がもたらしたとみられる。日銀の金融政策が転換点を迎えつつあるとすれば、過去1年半余り進んだ円安は、2024年にはある程度修正される、と考えるのが自然だろうと筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ブラジル大統領、米50%関税に報復示唆 緊張緩和へ

ワールド

カナダ、ASEANとのFTA締結目指す 貿易多様化

ワールド

ゼレンスキー大統領、物資供給や対ロ制裁強化巡り米議

ワールド

トランプ氏、大半の貿易相手国に15%か20%の関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story