コラム

行き過ぎた円安が終わり、2023年に懸念されること

2022年12月06日(火)17時50分

2%インフレの実現可能性が高まった

日本国内に目を転じると、日本銀行による金融緩和を継続する姿勢は続いている。先進各国が高インフレ制御に苦しむ中で、低インフレが問題だった日本においては、2%インフレ実現に着実に近づいているようにみえる。こうした中で、黒田総裁率いる日銀は、2%インフレ実現の最後の一押しになる賃金上昇を見定めるまで、現行の金融緩和政策を継続するとみられる。

実際に、2022年に日本銀行が金融緩和を徹底したことで2%インフレの実現可能性が高まっただけではなく、失業率が低位で推移するなど安定的な経済成長が実現した。他の先進国と比べれば、経済成長・インフレ安定の双方のパフォーマンスは相対的には良好だった。金融緩和を徹底して、円安を事実上許容した政策対応が功を奏したということである。

岸田政権が、より対応が難しい「大幅な円高」に苦慮するケースは......

ただ、こうした事実がしっかり理解されずに、黒田総裁の退任時期が近づいているからなのか、日銀の金融緩和政策について筆者からみれば根拠が曖昧な批判が、最近更に増えている様にみえる。特に、現在の日銀の政策姿勢の支柱といえる、2%インフレ目標に対する極めて懐疑的な論者の声すら聞かれるようになっている。

最近の国内メディアの論調の背景には、1990年代後半からデフレを長年許容してきた旧来の日本銀行の体制を復活させようとする意向が、水面下で動いていることを示唆していると筆者は考えている。

仮に、黒田総裁や若田部副総裁らと同様に2%インフレの完全実現に強い意志を持たない、次期執行部となれば、日銀の金融緩和を徹底する政策姿勢は変わり得る。為替市場において、日銀による早期の緩和修正に対する思惑が、円高要因になるだろう。また、2023年に米欧を中心に世界経済が減速すれば、ドル高をもたらしたFRBの政策の方向が大きく変わる。

最近の金融緩和に関する偏向した議論に影響され、岸田政権が仮にアベノミクス路線の転換を進めれば、日本経済にとって無視できないリスクになる。この場合2023年に、岸田政権はより対応が難しい「大幅な円高」に苦慮することになりかねない、と筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

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