コラム

アメリカの銃をめぐるパラノイア的展開

2016年02月23日(火)11時00分

「アメリカ連邦政府は権限を拡大し、民主主義を停止しようとしている」!?

 ここで焦点となるのが日本人には耳慣れない「Second Amendment=合衆国憲法修正第2条」である。共和党の大統領候補者であるトランプ氏、クルーズ氏、ルビオ氏、そしてブッシュ元知事はほぼおなじ口調で、
 「ヒラリー・クリントンが大統領になったら、憲法修正第2条は抹消されてしまう」
 と共和党の支持層に向かって煽動を続けてきた。その煽動に強く乗るアメリカ国民が相当数いるからだ。

 「アメリカ連邦政府は権限を果てしなく拡大し、民主主義を停止しようとしている。その第一歩が銃の規制によってじわじわと憲法修正第2条を無化していくことなのだ」という認識が一部で定着している。いくつかの州では特に根強い。

 それは銃社会ではない日本から見ると強迫観念に近い。ただし、日本では2014年の1年間を通しての銃による死亡人数が6人だった。いや、6人でも多すぎると考える日本人がいることだろう。いったん銃が蔓延し、銃の犯罪から身を守る最善の方法が銃を正しく使えること...という循環に陥ったアメリカでは常識が全く異なるのだ。

 無理な比較かもしれないが、数多くの日本人が憲法9条の改憲に強いアレルギーを示すのと似ていなくもない。仮に現在の解釈改憲ではなく、自公政権で改憲を実現したとする。「改憲の後には、ただちに戦争がやってくる」と信じている人々が日本のリベラル左派陣営の中に数多くいるのは周知のとおりだ。

 だが実際に中国なり北朝鮮なりと戦争が起きるまでには、あまりにたくさんの条件が満たされる前提が必要となる。多くのアメリカ人にとって「憲法9条騒ぎ」は仮定の中の仮定に対して過敏になっているかのように見えるだろう。何をやっているんだ、というぐらいに。どちらがおかしいのかを、ここではあえて問わないことにする。

 反対に、アメリカで銃の所持に関してせめて乱射事件が起こりにくいように規制強化しようと連邦政府が動くとどうなるか。火がついたような騒ぎになる。先のオバマ大統領による銃規制強化策を、すでにアリゾナ州議会で否決する動きがあった。「セカンド・アメンドメント=憲法修正第2条」の解釈によって銃を規制することですら、悪しき改憲、つまり、「憲法修正第2条の削除」というシナリオに直結すると考える政治家や市民が大勢いる。

 改憲がなされてしまい、アメリカ人が武器を携行できなくなるとどうなるのか?その先のシナリオがパラノイアとしか思えない論理展開になる。まず、アメリカ連邦政府は武器で自衛できなくなった市民に対して横暴になる。次いで州政府の権限を連邦が乗り越え、自治が消滅していく。最終的にはアメリカの憲法も民主主義も停止され、独裁国家となる。つまりアメリカがアサド政権のシリアのようになる...という流れだ。

 ない。そんなこと、ないですから。そう言ってあげたい、多くのアメリカ人に。でも聞いてくれない。一番聞いてくれないのが「ミリシア=民兵組織」と呼ばれる武闘派の人たちだ。

プロフィール

モーリー・ロバートソン

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍。スカパー!「Newsザップ!」、NHK総合「所さん!大変ですよ」などに出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正(3日付記事)-ユーロ圏インフレリスク、下向き

ワールド

ウクライナ首都に大規模攻撃、米ロ首脳会談の数時間後

ワールド

中国、EU産ブランデーに関税 価格設定で合意した企

ビジネス

TSMC、米投資計画は既存計画に影響与えずと表明 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    1000万人以上が医療保険を失う...トランプの「大きく…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story