コラム

のちの巨匠2人が組んだ脱獄映画『ミッドナイト・エクスプレス』は成長なき物語

2025年03月07日(金)11時30分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<脚本オリバー・ストーン、監督アラン・パーカーの『ミッドナイト・エクスプレス』では「主人公の成長」という映画の王道に反し、ビリーは最後まで軽薄で感情的なままだ>

『ミッドナイト・エクスプレス』の公開年は1978年。タイトルを直訳すれば深夜急行。ちなみに沢木耕太郎の『深夜特急』の刊行は86年。刑務所からの脱獄を意味する本作のタイトルからインスパイアされたことを、後に沢木自身が語っている。

脱獄をテーマとした映画は、『ショーシャンクの空に』『大脱走』『アルカトラズからの脱出』『パピヨン』など(まだいくらでもある)数多い。これらの作品の共通項は、(パピヨンがまさしく典型だけど)脱獄に成功する主人公が強靭な精神力を持つタフガイであることだ。


でも本作の主人公であるビリー・ヘイズはフィジカルにおいてもメンタルにおいても、極めて凡庸な存在だ。いやむしろ、観光で滞在していたトルコから帰国する直前、同行していた恋人のスーザンに内緒で大量の大麻樹脂(ハシシ)を服の下に隠してトルコの捜査当局に逮捕されるのだから、キャラ的には軽薄な小悪党に近い。

空港で搭乗ゲートへと向かうバスの中で、購入した英字新聞を手にしたスーザンは、ジャニス・ジョプリンが急逝したことをビリーに告げる。死因はヘロインの過剰摂取。衝撃を受けるスーザンだが、大麻樹脂を隠し持ったビリーはこの話題に興味を示さず、周囲に乗客がいるのに彼女の胸に触ろうとしてたしなめられる。

ほんの数カットであるけれど、薬物常習の深刻さとビリーの軽薄さを、冒頭でしっかりと提示している。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米連邦地裁、消費者金融保護局の大量解雇を差し止め

ワールド

米IRS長官代行が数日で交代、財務長官がマスク人事

ビジネス

ロシア経済省、今年の北海ブレント価格見通しを17%

ビジネス

李在明氏、「コリアディスカウント」解消を約束 韓国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボランティアが、職員たちにもたらした「学び」
  • 3
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投稿した写真が「嫌な予感しかしない」と話題
  • 4
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 5
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 6
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 7
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 8
    ロシア軍、「大規模部隊による攻撃」に戦術転換...数…
  • 9
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 10
    遺物「青いコーラン」から未解明の文字を発見...ペー…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 9
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story