コラム

極北の映画『J005311』は絶対にスクリーンで見るべきだ

2023年06月09日(金)14時10分
『J005311』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<万人受けする映画ではないが刺さる人には刺さる。それもかなり深々と>

タル・ベーラ監督の『ニーチェの馬』を観たのは11年前。劇場でスクリーンを見つめながら、自分は今すごいものを目撃している、と思ったことを覚えている。

すごい「映画」ではない。すごい「もの」だ。明らかに映画を逸脱している。

もちろんこれは、僕が「映画」を矮小にカテゴライズしすぎているとの見方もできる。その可能性は否定しない。でも映画というジャンルを面で考えたとき、『ニーチェの馬』がその境界ぎりぎりに位置していることは間違いない。言葉にすれば極北の映画だ。絶対にノートPCのディスプレイやテレビモニターのサイズで観るべき映画じゃない。だってサイズが変われば意味も変わる。

せりふはほとんどない。ストーリーを書けと言われたら困る。年老いた男と娘の日常がただ続くだけ。ここまでを読んで、新藤兼人の『裸の島』を想起する人がいるかもしれないけれど(これはこれで、いつかこのページで書きたい映画だ)、たぶん方位が違うのだ。

河野宏紀の初めての長編劇映画『J005311』を観ながら、『ニーチェの馬』を思い出した。やはり極北の映画なのだ。

もちろん、全編モノクロームでストーリーを拒絶している(というか徹底して興味を示さない)『ニーチェの馬』と、プロットを3行で書ける『J005311』は全く違う作品だ。でも(あくまでも僕が感じた)質感は近い。やはり方位という言葉を使いたくなるけれど、おそらくは映画そのものというよりも、映画に対する監督の姿勢なのだと思う。

『J005311』に登場する俳優は2人だけ。ネットなどで調べれば、「第44回ぴあフィルムフェスティバルで満場一致でグランプリを受賞した」とか「東京国際映画祭でも上映されて大きな話題を呼んだ」などの記述が見つかるが、それはどうでもよい。断言するが、万人受けする作品ではない。客を選ぶ。でも刺さる人には刺さる。僕には刺さった。かなり深々と。

2019年にドイツのボン大学の研究チームが発見した「J005311」は、2つの白色矮星が衝突することで誕生した星と考えられている。白色矮星とは恒星の残骸。つまり終わりかけた2つの星が融合することで、新たな星となった。

映画を観終えたあとなら、そういうことかと思うけれど、観る前にこのタイトルは何の意味もない。というか、もっと直截に書けば、内容をこんな言葉でまとめちゃダメだ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story