コラム

塚本晋也が自主製作映画『野火』で描いた、戦争の極限状態と日本兵の人肉食

2021年01月03日(日)11時00分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<原作は大岡昇平。ぼろぼろの軍服でレイテ島をさまよう敗残兵たちは、互いを「貪り食う」ため殺し合う──。脚本・監督・撮影・主演・製作の全てを担った塚本が映し出す戦争のリアルとは>

1980年代後半以降の日本映画界には、自主製作映画を経て商業映画に進出した映画監督が多い。この連載でこれまで取り上げてきた監督たちも、半分以上は自主映画出身だ。

塚本晋也が1989年に1000万円の予算で製作した『鉄男』を初めて観たときは驚いた。いや、驚いたのレベルではなくあきれた。どうかしている。なぜここまでやるんだ。観ながらずっとそんなことを考えていた。16ミリモノクロ。でも映画は自主製作の域をはるかに超えていた。CGなどない時代にほぼ全編が特撮。とにかく細部にこだわる。生半可な決意では作れない映画だ。

塚本や僕の世代は8ミリか16ミリフィルム。その後にデジタルビデオが普及して、さらにミニシアターも増えて、近年は『カメラを止めるな!』など自主製作映画がそのまま劇場公開される例も増えている。

『鉄男』以降の塚本は多くの商業映画の監督や俳優として活躍し、2015年に再び自主製作映画『野火』を発表した。原作は大岡昇平。レイテ島で敗残した日本兵たちの物語。この映画で塚本は脚本・監督・撮影・主演・製作を全て担当している。まあこれは彼のいつものスタイルだ。

『野火』の映画化は2回目だが(1959年に市川崑が映画化している)、本作はリメークとは微妙に違う。なぜなら市川は原作における人肉食のシーンを巧妙に回避した。しかし塚本は外さない。バリバリだ。自主映画だからこそ思い切り描いたのか、あるいはこの要素を外さないからこそ資金が集まらなかったのか、本人に聞かなければ分からないけれど、おそらく両方だと思う。

島に敗残した日本兵たちは、ぼろぼろの軍服を身にまといながら、食料を求めて島内をさまよい歩く。米軍のジープを見つければ迷うことなく白旗を掲げて救いを求めようとするが、ジープに同乗していた島の女性にあっさり撃ち殺される。つまり日本兵は徹底して現地の人たちに憎まれていた。アジア解放の理念などかけらもない。実際に主人公は別の女性を撃ち殺している。

音の映画だ。銃弾が肉体を引き裂く痛みや身体の中で跳弾して内臓を引き裂くイメージが、硬質な音によって喚起される。しかも寄り(アップ)の映像が多い。理由は単純。自主製作で資金が乏しいから。ロングにしたらいろいろばれてしまう。

だから画面の半分近くは、無精ひげを生やして鼻水を垂らしながら泥で汚れた男たちの顔のアップ。飢えて死にかけた兵士たちは、終盤で殺し合う。互いを貪り食うために。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送-米ワーナー、パラマウントの買収案を拒否 ネト

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も

ビジネス

EU、炭素国境調整措置を強化へ 草案を正式発表

ワールド

インドネシア中銀、3会合連続金利据え置き ルピア支
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story