コラム

「大竹は宇和島にいるから面白い」──現代アーティスト、大竹伸朗が探究する「日常」と「アート」の境界線

2022年10月31日(月)11時30分

物質化し、高度に資本主義化する社会の流れに抗うかのごとく、「役割を失ったもの」や「時代から置き去りにされたもの」に眼差しを向けるのは、「リサイクルとかではなく、面白いものを拾ってきて違うものに変えることに例えようもない喜び、快感を覚えるから...。関心があるのは、記憶と時間であり、刻まれた記憶なり時間が自分と呼応し合う。手を加えることで、自分がそれらと繋がった感じがする。行き着くところは愛であり、現代アートとは一番遠い言葉だが、素材に対する愛情や何かわけのわからないものを生み出すエネルギーを支える生命力であり、自分にとってのアートの本質は作り続けること」だと言う。

また、大竹は「不思議なことに、何もない時に「出会い」が起きる」とも語っているが、メディチ家とミケランジェロらルネサンス期のアーティストたちの例を出すまでもなく、芸術創造や特別な場所が生まれる背景には、しばしば幸運な出会いがあるものである。

愛を感じさせてくれる素材やインスピレーションを与えてくれる場所、後押しをしてくれるヴィジョンをもった牽引者や協力してくれる人々との出会いが、各島をまたぐ、いくつもの作品・施設が繋がって全体で壮大な美術館の姿を想起させるようなプロジェクトを生み出したのである。

また、現代アートとは関係のない場所に身を置き、日常のなかでアートを作り続ける姿勢や、ローカルな視点で考え、そこから発信していくという考え方が共鳴した結果、瀬戸内海の記憶は作品として継承され、都会の美術館だけがアートの場所ではないことを示すとともに、古いもの・ローカリズムの見直しや、地域の魅力の再発見、人々の意識の変革にも繋がっていった。

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左:「直島、2002年4月25日」©Shinro Ohtake、右:「直島、2002年4月26日」©Shinro Ohtake

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「直島、2016年4月13日」©Shinro Ohtake

大竹にとってベネッセアートサイト直島は、宇和島で制作し続けた自分と伴走してくれた存在であり、作り続けることを肯定してくれ、自分がやっていることは間違っていないんだということを確信出来た場所だという。

日本経済における「失われた30年」と呼ばれる時代に、都会から離れ、地方にこだわり続けた協働の軌跡は、世界で唯一無二の作品、そして場所を生み出し、様々な価値の転換や今後の生き方について問いを投げかけている。


本稿は基本的に本人への聴き取りを基に構成。
その他参考文献:
『NAOSHIMA NOTE』 No.1, 2001年
『NAOSHIMA NOTE』2016年1月号
『ベネッセアートサイト直島広報誌』2018年10月号
ベネッセアートサイト直島ウエブサイトブログ「"究極のコラージュ作品"「針工場」の船型が逆さまに置かれた理由とは?」、2022年1月25日配信


※この記事は「ベネッセアートサイト直島」からの転載です。

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プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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