コラム

マイナンバーの活用はインドに学べ

2020年11月27日(金)21時18分

インドのマイナンバーであるアダールの場合、登録はあくまで任意であるものの、2010年に登録が始まってから2018年末までの間に全人口の92.2%に当たる12.3億人が登録済みだという(岩崎薫里「India Stack:インドのデジタル化促進策にみる日本のマイナンバー制度への示唆」『環太平洋ビジネス情報 RIM』Vol.19 No.75, 2019年)。日本のマイナンバーカードがいっこうに普及せず、マイナンバー制度も国民にはなんらのメリットもなく、いたずらに手間ばかり増やしているのは、いったいなぜなのかを考えるうえで、インドのアダールの事例は非常に参考になる。

問題の根本原因の第一は、日本政府がマイナンバーの意味について国民に納得させることができていないことである。

マイナンバーの意味、それは国民一人一人に固有の名前を与え、他の人から区別することである。通常の名前、すなわち戸籍に書かれている姓名は個人と必ずしも1対1で対応していないので、個人を他人から区別するうえで不便である。まず、世の中には同姓同名の人がかなりいる。また、人の姓名が結婚やその他の理由によって変わることもある。姓名だけでは個人を特定できないので、従来は住所や本籍地の情報も合わせることで特定していたが、住所や本籍地ももちろん変わりうる。マイナンバーは一生一人の人について回り、他人と同じになることもない、いわばデジタルの名前であり、これがあれば今後は戸籍謄本や住民票を出す場面がかなり減るはずである。

犯罪容疑者もマイナンバーで

中国やインドのように人口がとても多い国の場合、第2の名前としてマイナンバーが必要なのだということが理解されやすい。たとえば中国で犯罪容疑者のことが報道されるとき、「劉某、身分証番号〇×△」と書かれることが多い。同姓同名の人が下手すると何万人もいるので、姓名を書くと、大勢の関係ない人々が犯罪人だと思われてしまう。姓と身分証番号の一部のほうが、より高い精度で特定個人を指し示すことができるのである。

マイナンバーは特定の個人と1対1で対応していないとならないが、悪い人が他人のマイナンバーを盗用して特別定額給付金を何度も受け取るということができそうである。それを防ぐためには、個人とマイナンバーとを結び付けるなんらかの証拠が必要である。

この場合の個人とは、よどみに浮かぶうたかたのように、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたることのない無常なものではなく、生きている間は確固として同一性を保つものと前提されている。だが人間の属性のなかで無常でないものとは何だろうか。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ガザ市住民に避難指示 高層ビル爆撃

ワールド

トランプ氏、「ハマスと踏み込んだ交渉」 人質全員の

ワールド

アングル:欧州の防衛技術産業、退役軍人率いるスター

ワールド

アングル:米法科大学院の志願者増加、背景にトランプ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 5
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 6
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 7
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 8
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 9
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 10
    ハイカーグループに向かってクマ猛ダッシュ、砂塵舞…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 7
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story