コラム

宝山鋼鉄-武漢鋼鉄の大型合併で中国鉄鋼業の過剰設備問題は解決へ向かうのか

2016年10月11日(火)16時20分

 なぜこうなるのでしょうか。それは大型鉄鋼メーカーのほうが中小鉄鋼メーカーよりも経営効率が悪いからです。重点鉄鋼企業(すなわち大型鉄鋼企業)とそれ以外の鉄鋼企業(すなわち中小鉄鋼企業)とでROA(総資産利潤率)を比べてみると、2013年には重点鉄鋼企業が0.5%、それ以外の鉄鋼企業は7.7%と大きな差がありました。これはこの年たまたまそうなったというのではなくて、一貫して大型鉄鋼企業の利潤率は中小鉄鋼企業を大幅に下回っています(表3)し、売上高利潤率など経営効率に関する他の指標をとってもやはり大型鉄鋼企業のほうが成績が悪いのです。

marukawachart1610111327.jpg

 
 大型企業は大きな高炉を持っているし、それ以外の生産設備も大規模で効率が高いはずなのに、なぜ利潤率が中小企業よりずっと低いのでしょうか。一つのありうる説明は、中小鉄鋼企業がコストを節約するために排煙や排水を適切に処理しておらず、公害と引き換えに低コストで生産しているという説明です。これはたしかに生産設備が小さくて生産効率が低いはずの中小鉄鋼企業が大企業よりも高い利潤率を上げられる理由の説明にはなるでしょう。ただ、それならば政府は排煙や排水の適切な処理を厳しく義務付けて監督することに専心すべきであって、大型企業の巨大化を促進するような政策は不要だと考えます。

業界平均より低い稼働率

 もう一つの説明は、大型国有企業に特有な経営の非効率性のために利潤率が低くなっているという説明です。私が国有鉄鋼メーカーを調査して回っていた20年前は、どの企業も膨大な余剰人員を抱えていました。例えば、鞍鋼集団では社内で実際に鉄鋼生産に当たっている従業員は一部にすぎず、多くの従業員は社員向け住宅の管理といったような間接部門や福利部門にいました。また、首鋼集団は野放図な多角化を行った結果、従業員向けのお酒や缶詰の工場まで持っていました。さすがに今はもう少しましになったかもしれませんが、それでも大型国有鉄鋼メーカーの非効率性を示すデータはいろいろあります。

 例えば今回合併する宝山製鉄は粗鋼生産能力を6000万トン持っていますが、2015年の生産量は表1に示したように3494万トンなので設備稼働率は58%にすぎず、中国の鉄鋼業の平均(66%)を下回っています。宝山鋼鉄は中国の鉄鋼業のなかで最良の設備を持っているはずですが、稼働率がこんなに低くてはその能力もうまく発揮できません。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ南部ザポリージャで29人負傷、ロシア軍が

ビジネス

シェル、第1四半期は28%減益 予想は上回る

ワールド

「ロールタイド」、トランプ氏がアラバマ大卒業生にエ

ワールド

英地方選、右派「リフォームUK」が躍進 補選も制す
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story