コラム

自民党と首相官邸を襲った「ローンオフェンダー」を軽視するな

2024年10月21日(月)09時20分

前代未聞の連続テロ

ニュース番組が報じた動画等を見ると、男が乗っていた白い車は4ナンバーの小型貨物自動車で、一般的に「軽バン」と呼称されている軽自動車だ。屋根の上にはルーフラックが装着され、拡声器やLED投光器が装備されている。素人工作で軽バンを街宣車仕様に仕立て活動家を気取っていたのかも知れない。

車内からは、ガソリンを入れたポリタンクも大量に発見された(報道によると16個)。事件直後に官邸前道路から撮影されたというSNSへの投稿動画を見ると、車は激しい火花をあげて燃えている。何らかのバッテリー素材が燃えていた可能性があるが、もし大量のポリタンクに入ったガソリンに引火していれば惨事になっていただろう。

この白い軽バンは、火炎瓶投擲後に自民党本部前から首相官邸までの距離約500メートルを駆け抜けた。国会周辺は、「静穏保持法」が適用されるエリアであり、普段から政治団体の街宣車等に備えて移動式バリケード(蛇腹式車止めフェンス)が数箇所に設置され、機動隊が配備されているが、議員会館前の道路では車の暴走を食い止めることは出来なかった。

しかし、官邸正面入口前のバリケードがいわば「最後の砦」として車の行く手を阻むことに成功。官邸前交差点で右ハンドルを切って突入した車は、バリケードをなぎ倒すように官邸入り口に突入するも、入り口付近にある別のポール(支柱)に支えられたバリケードが最終的に車の暴走を止めたと思われる。常識で考えれば軽自動車程度の馬力でバリケードを突破するのは容易ではなく、ましてポールを乗り越えるのはSUVでも困難だ。はなから官邸入口で車を炎上・爆発させる意図だったのだろうか。

石破茂首相はこの時、近隣にある議員宿舎にいたとされる。官邸(あるいは同じ敷地内にある公邸)は主不在であり、首相個人に対する具体的危険は発生していない。しかし、自民党本部を襲撃した後に官邸に突入するという連続テロ行為は前代未聞だ。国家権力の中枢である官邸が脅威に晒された事例としては1936年の「2・26事件」が筆頭だが、近年では2015年4月の官邸ドローン事件(反原発を主張する元自衛官がドローンを使って微量の放射性物質を官邸に投下しようとしたが失敗、不時着したドローンが2週間後に官邸の屋根で発見された事案)も起きている。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=主要3指数が連日最高値、米中貿易摩擦

ワールド

ハマスが人質遺体1体を返還、イスラエルが受領を確認

ビジネス

NY外為市場=ドル軟調、米中懸念後退でリスク選好 

ワールド

UBS、米国で銀行免許を申請 実現ならスイス銀とし
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 3
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下になっていた...「脳が壊れた」説に専門家の見解は?
  • 4
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    中国のレアアース輸出規制の発動控え、大慌てになっ…
  • 7
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 8
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story