コラム

駐EU英国大使の辞任が示すブレグジットの泥沼──「メイ首相、離脱交渉のゴールはいずこ」

2017年01月05日(木)18時43分

 メイ首相の基本戦略はEUからの移民を英国のコントロール下に置くことだ。無理もない。先の国民投票の結果をそのまま総選挙に当てはめると650議席中、実に421議席がEU移民の規制を求める離脱派だったのだから。離脱交渉で移民規制が認められなければ、単一市場へのアクセスを多少犠牲にするのもやむを得ないというのがメイ首相の立場だ。

 キャメロン前首相の下で再交渉に当たったロジャーズ氏ではEU側に足元をみられかねないし、「ロジャーズ氏は悲観主義者」と離脱強硬派は不満をため込んでいた。3月末に離脱通告してから馬を乗り換えるより、通告前に強硬派の馬に乗り換えようという力学が働いたとしても何の不思議もない。

 今回の騒動は、辞任に追い込まれたロジャーズ氏が自分の立場を擁護するため内情を暴露する電子メールを同僚や部下に送ったとみるのが自然だろう。

 後任の駐EU大使には駐モスクワ大使時代、ロシアのプーチン大統領に一歩も引かなかったタフ・ネゴシエーターのティム・バロウ氏が間髪入れずに任命された。バロウ氏は「EUを離脱し、正しい結果を得られるよう強いリーダーシップ下に置かれた離脱省チームに加わり、一緒に働くことを楽しみにしている」と力強く抱負を語った。

貿易協定はオーダーメイドで

 英中央銀行・イングランドのキング前総裁はユーロに不信を抱くEU離脱派で、単一市場どころか関税同盟からの離脱さえ主張している。EU統計局(ユーロスタット)のデータをもとに財の世界貿易をグラフ化すると次のようになる。

BritishEUchart.png

 英国は旧共産圏やバルカン諸国を含め大所帯となったEUの貿易協定に縛られるより、英国に合った貿易協定を他の国々と結んだ方が長期的には得だという算盤が働く。財の貿易では大赤字の英国は国内の雇用確保のため自動車産業など製造業を保護したい。しかし産業保護政策はEUのルールに違反している。

 EU拡大で域内の経済格差が広がり、資本や人の移動がドイツと英国に集中したことがギリシャ危機や英国の離脱決定の背景にある。英国は移民が激増するのを怖れてEU離脱を選択したわけだが、それに合わせてEUという「既製服」まで脱ぎ捨てようとしている。21世紀の貿易協定は英国に合った「注文服」でという選択は決して間違っているとは言えない。

 しかし相手は27カ国。肝心要のメルケル独首相とメイ首相の関係は冷め切っている。「根拠なき楽観論」は戒めなければならないが、かと言ってEU離脱をこの世の終わりのように喧伝する「悲観論」に与するわけにもいくまい。損得勘定に合わなくなった「既製服」は脱ぎ捨てるのが賢明だが、メイ内閣と官僚の不協和音が広がる中、交渉は相当な困難が予想される。

 デービスEU離脱担当相、ジョンソン外相、そしてバロウ大使の布陣を見ると、メイ首相が投ずる初球はEUをのけぞらせる内角攻めになるのは必至の情勢だ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com

ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、次期FRB議長人事は「間もなく決断」

ビジネス

人口・企業減下の金融機関の競争激化、経営不安定化の

ワールド

APECでの米ロ首脳会談、現時点で予定されず=ロシ

ビジネス

外貨建て債券5割増、海外クレジットも積み増し=朝日

MAGAZINE

特集:中国予測はなぜ間違うのか

2017-10・24号(10/17発売)

何度も崩壊を予想されながら、終わらない共産党支配──。中国の未来を正しく読み解くために知っておくべきこと

グローバル人材を目指す

人気ランキング

  • 1

    生理の血は青くない──業界のタブーを破った英CMの過激度

  • 2

    国民審査を受ける裁判官はどんな人物か(判断材料まとめ・前編)

  • 3

    国民審査を受ける裁判官はどんな人物か(判断材料まとめ・後編)

  • 4

    国民審査を受ける裁判官はどんな人物か(判断材料ま…

  • 5

    早わかり衆院選 主な争点別の各党の選挙公約

  • 6

    性的欲望をかきたてるものは人によってこんなに違う

  • 7

    「クラスで一番の美人は金正恩の性奴隷になった」

  • 8

    「ヒュッゲ」ブームの火付け役が日本人に伝えたい幸…

  • 9

    衆院選、自公が300議席超えか 希望は伸び悩み・立憲…

  • 10

    年内にも発売されるセックスロボット、英研究者が禁…

  • 1

    iPhoneX(テン)購入を戸惑わせる4つの欠点

  • 2

    国民審査を受ける裁判官はどんな人物か(判断材料まとめ・前編)

  • 3

    生理の血は青くない──業界のタブーを破った英CMの過激度

  • 4

    ポルノ王がトランプの首に11億円の懸賞金!

  • 5

    トランプ、金正恩の斬首部隊を韓国へ 北朝鮮に加え…

  • 6

    性的欲望をかきたてるものは人によってこんなに違う

  • 7

    iPhone8はなぜ売れないのか

  • 8

    「クラスで一番の美人は金正恩の性奴隷になった」

  • 9

    NYの電車内で iPhoneの「AirDrop」を使った迷惑行為…

  • 10

    「お母さんがねたので死にます」と自殺した子の母と…

  • 1

    「クラスで一番の美人は金正恩の性奴隷になった」

  • 2

    「北朝鮮はテロリストだ」 北で拘束された息子は異様な姿で帰国し死んだ

  • 3

    北朝鮮はなぜ日本を狙い始めたのか

  • 4

    「金正恩の戦略は失敗した」増大する北朝鮮国民の危…

  • 5

    トランプの挑発が、戦いたくない金正恩を先制攻撃に…

  • 6

    米軍は北朝鮮を攻撃できない

  • 7

    中国が北朝鮮を攻撃する可能性が再び----米中の「北…

  • 8

    米朝戦争が起きたら犠牲者は何人になるのか

  • 9

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 10

    iPhoneX(テン)購入を戸惑わせる4つの欠点

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

全く新しい政治塾開講。あなたも、政治しちゃおう。
日本再発見 シーズン2
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 特別編集

最新版 アルツハイマー入門

絶賛発売中!